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リーディング小説「美しい子宮~寧々ね~」第二十三話 幸せも不幸も伝染する

幸せも不幸も伝染する

震えが止まりませんでした。あまりにもブルブル震えるので、両手で自分の体を抱きしめ、震えを止めようとしたほどです。
こんなはずでは、ありませんでした。
わたし達の人生は、こんな風にいくつもの「こんなはずでは、なかったのに」が積み重なり、今になっているのかもしれません。

こんなはずではなかった・・・・・・苦さを噛みしめながら、まだ震えの止まらない手で筆を取り、秀吉に手紙を書きました。
「淀殿、ご懐妊」
手紙の文字がいつもと違い力がないことを感じたのか、秀吉から手紙が届きました。

「寧々へ。
返事が遅れた事、かたじけない。
茶々が懐妊したことは、めでたいことです。
われわれ夫婦も年だし、秀次にも関白を継承させた。
茶々は欲しがっていたが、もう子どもはいらないもの、と思っていました。
わたしの子は鶴丸でしたが、死んでしまいました。
茶々の子は「仮の子」であります」

秀吉の手紙を読み、秀吉が無理をしていることを知り、泣きたい気持ちになりました。
きっと秀吉は茶々様の妊娠を知り、顔をクシャクシャにし飛び上がって喜んだことでしょう。
なのにわたしに申し訳ない、と思い、こういう手紙を書いたのでしょう。

わたしはその手紙を両手で抱きしめ、泣きました。
畳にポタポタ涙がこぼれ落ちます。
秀吉が愛おしくて、いとおしくて抱きしめて頭を撫でたくなりました。
わたしの弱さに比べ、茶々様の強さに驚きます。これが子宮に子種を植えつけた本物の母親の強さでしょうか。あるいは、信長様の妹のお市様の血を受け継いだ、したたかさでしょうか。いえ、たぶんそのどちらもでしょうね。

願いを叶えるコツは、どんなことがあってもあきらめないこと。
どうやってでも、どんな方法を使ってでも望みを手にする決意と一途な思い。そうやって茶々様は願いを叶えたのです。

茶々様の願いが叶った今、わたしは豊臣の母として茶々様にお願いすることがありました。
子どもが生まれても、その子にいきなり豊臣の後を継がせるのではなく、秀次の次に継げるよう、秀吉に口添えしてほしいと望みました。
豊臣の安泰を一番に考えてほしい。
それが豊臣の母としてのわたしの決意です。
豊臣の土台骨を、揺らすわけには行きません。
けれど茶々様が、どれだけわたしの思いを掬い取ってくれるのかわかりません。

わたしは意を決して、秀吉の手紙を持ち淀城にまいりました。
その時わたしは知りませんでしたが、茶々様はとても不機嫌でした。
秀吉のからの手紙が、茶々様のところに着いていたのです。

その手紙にはこう書かれていました。「おめでとう。子どもは、お前の乳で育てたらよい。」
自分でお乳をあげることのない茶々様にとって、屈辱的な手紙でした。
そんなことも知らなかったわたしは頭を下げ、茶々様にお願いしました。
すると茶々様は冷たく言いました。
「秀吉様は鶴丸が亡くなったから、秀次様をご養子にされたのです。
ですがわたしは妊娠し子どもができるので、もう養子は必要ありません。
生まれた子が男なら、秀次様との養子縁組を解消したらよいのです」

心が凍りつきました。茶々様は自分の子どものことしか、考えていません。
豊臣がしっかりした礎を築き、末長く続くことなど茶々様にはないのでしょうか。自分のお子が秀吉の後を継ぎ、秀次から豊臣を奪う事だけを考えているのです。わたしは燃え上がった怒りの炎を隠しながら、懐から秀吉の手紙を出し、声を出して読み上げました。

「茶々の子は「仮の子」であります」
という最後の一文を読み終えた時、茶々様は叫びました。

「この、お腹の子は、鶴丸の生まれ変わりです!わたしと秀吉様のお子です」

「そうですね。そうしておきましょう。その方があなたにとって都合がいいでしょう。
でもね、その子は豊臣に災いをもたらします。わたしはそれを阻止せねばなりません」

静かに言い放ったわたしは、茶々様の顔をじっと見つめました。
茶々様とわたしの視線は絡まり、火花が散るようでした。茶々様はわたしの視線をはねのけ、鋭い矢を射るように言い放ちました。

「いいえ、北政所様、この子が、豊臣に繁栄をもたらします」

わたしと茶々様はにらむように、顔を見合わせました。
大きな強いまなざしで挑む茶々様は、わたしの顔から決して視線を外しません。
愛する子どもを失い、また愛する子どもを得た母親は、こんなに強くなれるのか、と心の中で舌を巻きました。
人は獣と同じです。
子どもを守るためなら、相手に鋭い牙を向けます。
わたしはその牙を超える方法を、知りません。
これ以上、茶々様を見つめるのに疲れ、そっと視線を外し大きなため息をつきました。

「どうぞ、ご無事なお子が産まれますように・・・そして、豊臣に幸ありますように・・・」

無言の茶々様でしたが「勝った!」という声が、聞こえた気がいたしました。わたしが退出した時、茶々様はお腹に手を当て、自分の意志を誓うように天を向き、わたしを見送っておりませんでした。
これ以降、わたしの声はずっと茶々様に届きませんでした。

幸せも不幸も伝染します。
翌年の文禄二年八月三日、茶々様は大阪城で男児を出産しました。

豊臣の悲劇の始まりでした。

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