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リーディング小説「美しい子宮~寧々ね~」第二十二話 人を呪わば、穴二つ

人を呪わば、穴二つ

秀次が関白になったことで、茶々様の中に危機感が生まれたのでしょう。
茶々様が秀次に秋波を送るのを見て、秀吉は男として奮起したようです。
また頻繁に茶々様のところに、通い始めました。
それこそが、まさに茶々様の思うツボだったのですけどね。
どうして男には、わからないのでしょう?
同じ同性である女には、女のやり口が見ていてよくわかります。

いますでしょう?
同性に好かれない女。
男の前でいい女ぶったり、色気を出したり、甲斐甲斐しく世話を焼く女。
そういう女は、男にモテます。
秀吉も単純だから、すぐに茶々様の作戦に引っかかりました。

すでに豊臣の跡継ぎは、秀次が決まりました。
だからもうお子は、いりません。
そう茶々様に、ハッキリ申し上げました。
けれど茶々様に、その言葉は通じませんでした。
わたしは足しげく茶々様のところに通う秀吉を見ながら、なんだか胸騒ぎがしました。

わたしは居住まいを正し、天に向き手を合わせて祈りました。

神様、どうぞ豊臣をお守りください。
このまま、秀次に代を譲りわたしと秀吉が穏やかな隠居生活を送れますように。
一心にそう願いました。
わたしのこの祈りには下心も含まれておりました。

豊臣の安泰を願う、ということは、茶々様が妊娠しないように願う、ということです。
わたしはこっそり、茶々様が不妊するように願掛けもしたのでございます。
ひどい女だと思いますか?
でも豊臣を守るためですから、仕方ありません。わたしは更に祈りを続けました。

 翌年、元号が天正から文禄に改元されました。
ふつう元号が変わるのは天皇が譲位したり、災いを改めるためにいたします。ですが、このたびは秀吉から秀次の関白の世襲があったための改元です。その意味は、これから天皇に変わり武家の豊臣家が天下を支配する、ということを世間に知らしめるものでした。
秀吉は朝鮮出兵を見越し佐賀の名護屋城を構え、そこに茶々様も呼んでおりました。そこで茶々様は悪夢でうなされたり体調を崩されたので、しばらくすると戻ってきました。
その知らせを聞きわたしは安堵し、胸をなでおろしました。
秀吉も五十六歳。茶々様はもう妊娠することはないだろう、と判断し願掛けを止めました。
けれどあの願掛けは、止めるべきではありませんでした。
後に豊臣の悲劇が起こった時、わたしは自分の甘さを呪いました。
茶々様にお子が出来なければ、豊臣の命運も歴史も、きっと変わっていたはずです。
悔やんでも、悔やみきれません。

しばらく茶々様は、お城にこもっておられたようです。
わたしが見舞いのため淀城を訪れると、茶々様の乳母の大蔵卿局に止められました。
「今、茶々様は人払いをし、魔物に取りつかれないように魔除けをしてお部屋にこもっておられます。どうぞご遠慮ください」ぴしり、と言われたその言い草に腹が立ました。わたしは秀吉の名代として、見舞いに来ているのです。見舞いを却下するとは、秀吉とわたしの顔に泥を塗ったようなもの。わたしの胸に巣くっていたドロリとした黒い感情は喉元までやってきて、わたしの首をしめます。その息苦しさに耐え切れず、わたしは「そうですか、それではどうぞお大事に」とだけ告げ、足早に淀城を後にしました。

それにしても、茶々様はそんなにお悪いのか、と輿に揺られながら考えました。茶々様は秀吉の一番のお気に入りの愛人なので、気鬱から体調を悪くされ寝込まれ続けては困ります。
大阪城に戻ったわたしは、茶々様の好物を送り早く良くなって下さい、と手紙を添えました。
後になって、わたしは自分の甘さに笑いました。
わたしと会わなかったあの瞬間も、茶々様は虎視眈々と妊娠するために、がんばっていたのですから。

しばらくして茶々様が元気になり、また秀吉の元に自分から出向く、という話を聞いた時、「おかしい・・・」と違和感がありました。
あんな遠く離れた場所になど、どうして自ら望んで行くのだろう?と。
しかも茶々様は名護屋城で長居をせずに、またすぐ戻って来られました。
ですから、気にはなったもののスルーしました。スルーするとは、自分の直感にふたをすることです。それを後々苦く、後悔することになったのです。

やがて茶々様から手紙が来ました。
届いた手紙を開くのに、なぜか躊躇いたしました。
「不幸の手紙」というものが存在するなら、わたしにとって手元にあるこの茶々様の手紙が、まさにそうです。
手紙全体から、挑戦的なオーラが感じられます。

もしや、という嫌な予感が手を伸ばし迫ってくるようでした。手紙を持つわたしの手が震えます。
まさか、そんなことがあるはずがない・・・何度も打ち消した後、勇気を出し手紙を開きました。

そこに黒々した墨で勝ち誇ったような文字が、書かれていました。
「北政所様、わたしく太閤殿下のお子を妊娠しました。まずは、ご報告まで」
わたしの手から手紙が落ちました。
目の前が真っ暗になりました。
不幸の手紙・・・・・
まさにこれは豊臣に悲劇をもたらす「不幸の手紙」でした。

わたしはその手紙をびりびりと破り捨てました。その残骸を火に燃やすよう一番信頼できる侍女に言いつけ、このことを他言無用、と固く申し伝えました。禍々しい手紙を葬り去っても、事実は何も変わりません。茶々様はまた同じ手を使い、秀吉の子を身ごもったのです。ああ、だから大野治長が茶々様を魔物から守る、という名目でずっとそばにいたのですね。それでしたら、いつでも睦めますものね。

すべて腑に落ちたわたしは怒りに震え、そばにあった湯飲み茶わんを壁に放り投げました。それだけではなく、そばにあった文箱や文鎮、花瓶など目につくものすべてを手あたり次第、壁にぶつけ粉々にしました。それでも収まらない怒りを持て余し、肩でハァハァ息をしていた時、ふっ、とあることわざを思い出しました。

「人を呪わば、穴二つ」

平安時代の陰陽師が誰かを呪詛する時、自分にもその呪いが返ってくるのを覚悟し、相手と自分の墓穴を二つ用意したことに由来することわざです。

わたしが茶々様にかけた呪いを、わたし自身も受け取ったのです。
わたしが天に向かって放り投げたものが、そのままわたしにストン、と落ちてきました。人にかけた念は自分をもからめとり、道連れにします。

わたしがかけた呪いは、ブーメランのようにわたしに返ってきました。そのことに気づいたわたしは、散乱した部屋で茫然と座り込みました。
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