見出し画像

リーディング小説「生む女~茶々ってば~」第二十二話 自分を束縛しているのは、自分

自分を束縛しているのは、自分


妹の江の長女で、家康の孫娘でもある千姫。豊臣に嫁に入った千姫は秀頼にひかれ、私にあいさつに来た。

「お母様、どうぞよろしくお願いいたします」と頭を下げた七歳の千姫の愛らしさにみなは、ほぉ、とため息をもらした。私は秀頼の母として威厳を保ち

「千姫、これから豊臣のために尽くして下さい」と言った。千姫は神妙な顔でこっくりうなずいた。私と千姫のやりとりを、秀頼が少し心配そうな顔で見ていた。挨拶を終えた二人は手を取り合い、部屋を後にした。「お似合いのお二人ですなぁ。これで豊臣と徳川は親戚関係を結んだので家康めもなかなか手を出せないでしょう」という声が聞こえた。私はその声がした方をじろりとにらんだ。千姫は人質だ。秀頼のいるこの大阪城を、家康から守るための人質だ、勘違いするな、と私は言葉に出さず、目でにらみつけた。その場に緊張感が走った。

正直に言おう。千姫は、きらいだ。
あの娘は大人しい顔をして、いつもニコニコしている。
何の苦労もせず、秀頼のところに嫁いできた。
そしていつも秀頼のそばを子犬のようにつきまとう。その姿を見ると、イライラする。何度「秀頼に近づくな!」と、言おうとするのをこらえたかわからない。
大事に愛しみ育てた秀頼は、私の宝だ。子を持つ母親は嫁に対し、みなそう思うだろう。それなのにあの娘は天真爛漫に秀頼といる。
本当に、しゃくにさわる!

その上、千姫は寧々になついている。落飾し、高台院という名前になった寧々によく会いに行く。私がすすめた秀頼の側室のことも、泣きながら寧々に訴えたそうだが「豊臣の為に」といさめられたらしい。ふん、側室の一人や二人、いて当然だ。豊臣の子孫を生み出さねばどうする?!

私は寧々と千姫の二人の「清く・正しく・美しく」的なヒロインぶっているところが、きらいだ。
苦難に耐え、修行の後に幸せがやってくる、と健気に頑張るいじらしさが、いやだ。

千姫は姪だけど、嫁。
しかも徳川の人間。
すきになろうと努力しても無駄なことだ、と私は早々にあきらめた。
だから千姫に会う時は、感情を入れず淡々と話す。
彼女から見たら、私は冷たい姑だろう。
だが、どう思われても平気だ。
そんなことに構っていられるほど、暇ではない。

秀頼は十二歳で、右大臣に昇進した。
それを機に家康は、秀頼に上洛するよう申し伝えてきた。
秀頼は行きたそうなそぶりを見せたが、私は反対した。
どうして秀頼が家康に、頭を下げねばならないのだ。
秀頼は家康に命を狙われるかもしれない。
そんな危険な所に、秀頼を向かわせることはできない。はじめは上洛する気でいた秀頼は、私の必死の説得に仕方なく上洛を取りやめた。私はほっ、と胸をなでおろした。

秀頼は千姫と仲むつまじかった。
私と大蔵卿局は、二人を会わせるのは昼間の時間にさせた。
夜はなるべく秀頼を、側室のところに行かせるようにした。
そんな私の仕打ちにも健気に無邪気にいる千姫が、本当に憎らしい。

ある時「大っ嫌い!」と口に出して言う私を見て、大蔵卿局は笑った。

「そうやって、茶々様がハッキリご自分の気持ちを口に出すのは、珍しいことですね。
母上のお市様は、そういう気持ちを素直に口に出す方でしたから、だんだん茶々様もお市様に似てきたのでしょうね」

私は彼女に言われ、久しぶりに母のことを思い出した。そうか
そう言えば、母上はそんな女性だった。
母上の言葉が蘇った。

自分を貫くこと。
後悔せぬよう、生き抜くこと。
心だけは、自分に正直に生きること。
誰かのために生きるのではなく、自分のために生きること。

思い出しながら、泣きそうになった。

母上の遺言、この中で私はいくつ、実践できているだろう?
どれもできていない。
いや、できる立場ではなかった。
今、こうやって嫌いなものは嫌い、口に出すことで、ほんの少し自分に正直になれた。口に出して自分の本音を認めると、スッキリした。

そうだ、自分の心は誤魔化してはいけない。
嫌なものは、いや!
きらいなものは、キライ!

そうやって一人でガッツポーズを取る私をみて、大蔵卿局は

「茶々様は、子どもの時、思いきり自分の気持ちを出すことができませんでしたね。
今、ようやくそれができるようになったのですね。
私はうれしいです」

と、たもとで顔を覆った彼女の目は、潤んでいた。私は彼女に甘えるように自分の気持ちをさらした。

「私は母上から、妹たちを託された。
自分がしっかりしなくては!と思ったから、自分のためより誰かのために生きてきた。
でも、今こんな立場になってわかったわ。
自分の気持ちを誤魔化していたら、辛いだけ。
あの子は、江の娘だけど徳川の子よ。
なのに、秀頼のそばにいる。
それが、妬ましいのよ。当然でしょう?!」

大蔵卿局は、うんうんと頷きながら黙って聞いてくれた。
私はようやく自分の本音を口に出せ、スッキリした。自分が何を思うかは、自由だ。自分を束縛しているのは、自分だけだ。
ブラックな自分の気持ちを受け入れ、認め、それを口に出すと、楽になれた。楽になったから、少しだけ千姫にやさしくできる。

「たまには千姫と、お茶でも飲みましょうか」
秀頼に声をかけ、千姫をお茶に呼んだ。
千姫はニコニコとうれしそうにやってきた。
楽しそうな秀頼と千姫を見たが、以前ほど心が泡立たなかった。一緒にお茶を飲みながら気づいた。

本音を隠してごまかし、いい人になろうとするから苦しいだ。
素直に認めてしまえば、楽になる。

私はもう、いい姑にならなくていい。
千姫に嫌われようと、どう思われてもよい。
徳川に気に入られようとも、思わない。

和やかなお茶の時間だった。
徳川という大きな流れに飲み込まれそうになりながら、必死に踏ん張る私達。みなで乗り切るために協力し、一体となった時期。

これが私の人生の中で一番自分らしく、穏やかに生きられた時間だった。

やがて秀頼は十八歳になったのを機に、自ら家康に会うために上洛することを決めた。
今回も私は強く反対した。だが秀頼は私の反対に耳を貸さず、無理やり実行した。秀頼の無事を願った私は千姫と寧々に頼み、二人から家康に手紙を書いてもらった。そして秀頼が五体満足で無事、大阪城に戻ってくることを祈った。

秀頼が家康との対面を終え、無事大阪城に戻ってきた時は、心から安堵した。秀頼は千姫に
「おじいさまにお会いしてきたよ」
と笑って言った。家康が成長した秀頼に会うのは、これが初めてだった。
供をした加藤清正によると、家康は成長して立派になった秀頼を見て、驚いていた、と聞いた。
「これで、徳川殿もやすやすと我らに手を出せないでしょう」
清正はそう言ったが、私は胸がザワザワ騒ぎ、嫌な予感がした。

家康はそんな男ではない。
立派に成長した秀頼を、脅威に感じなかったか?
このまま豊臣を野放しにしておくと、危うい、と思わなかったか?

それでも豊臣と徳川は薄氷を踏むようなバランスで、見せかけの平和を保った。蛇が獲物を狙うように、家康はその時を待っていたに違いない。
三年後、突然均衡が破られた。
ついに徳川の野心が、牙をむいた。
--------------------------------

したたかに生き愛を生むガイドブック

あなたはいつまで、自分の本心を隠していますか?

苦しくないですか?

自分を抑えてまで、いい人でいたいですか?

本音を受けいれ認めると、楽になります。

自分のことをジャッジしているのは、あなただけです。

ジャッジするのを止め、自分の本音を開いてみましょう。


自分にウソをつくのを止めたら、今よりずっと楽に笑顔になれますよ!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?