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リーディング小説「お市さんforever」第二話 大切にして、と願うなら


自分を大切にして、と願うなら

「この人、私のことが嫌いなんだろうな~」

祝言の宴席で、夫の父である舅の浅井久政の顔を見て思った。彼は顔じゅうの皺を寄せ集めた顔で、黙々と酒を飲んでいた。白い花嫁衣装に身を包んだ私の姿は、周りにほうっ、とため息をつかせているのに、舅は私を一切見ない。私は花嫁らしくうつむき、ほんのり恥じらっている風を装った。その方が、らしいでしょう?男はこういうの方が好きでしょう?だけど目線はしっかり畳の上を見ていたわ。

織田家と浅井家が同盟を結ぶ婚姻で、めでたい席のはず。緊張がとれた席で、私達を取り巻く縁戚や家来達は美味しそうにお酒を飲みかわしていた。ただ一人、ブスッとしていたのが舅だった。

舅は私と息子長政の婚姻ならびに織田家との同盟に反対だった。花嫁姿の私をチラリと一瞥し
「別嬪だけで、飯は食えん!」
と横の家臣にこれみよがしに言い放ったものだから、家臣はその場で凍りついた。幸い盛り上がっている織田方の方には聞こえなかったようね。その言葉は誰よりも私に聞かせたかったみたい。

舅の放った言葉の槍は私の耳まで届き、心に突き刺さった。聞きたくない言葉ほどよく聞こえ、心を貫く。私はすばやく槍を引き抜き、投げ返した。

あら、私のことを美しい、と認めて下さるのね。
当ったり前じゃない。
誰だと思っているの?
このあたりで一番の美女、と言われたわ・た・く・し、お市よ。

私はわざとうつむいていた顔をまっすぐ正面に向け、舅を見て微笑んだ。舅は笑顔の私を見て一瞬たじろぎ、すぐ目をそらした。私はふん、と黙殺し、横に座っている夫をさりげなく見た。
夫は父親の言葉に、イヤそうな顔をしていた。

祝言の時、初めて夫となる長政様を見た時、心がときめいた。あらっ・・・
ウワサには聞いていたけどいい男、とドキッ、とした。正直、政略結婚だから何も期待していなかった。だけど彼は背が高く美丈夫で、しかも顔立ちも整っていた。ハッキリ言って・・・・・・私好みだった。どうしましょう、胸の鼓動が止まらないわ。私は彼に見られないよう身体をそっと横向きにし、胸を押さえた。

結婚生活は人質生活。これまで嫁いだ姉上達から、女はいろいろ我慢しなければならないこともある、と聞いていた。この結婚は政略結婚。
人質の意味もあるから、下手したら命も取られる命がけの婚姻。それを分かって嫁入りしたのだから、何があっても文句は言わない。だけどうれしい誤算だった。

胸の鼓動が収まると、私はふぅ、と小さく息を吐いた。その時、長政さんが「お市、大丈夫か?気分が悪いのか?」と話しかけた。私は少し首をかしげたまま、彼を見上げ「大丈夫です」と言った。それが初めて彼と交わした会話だった。

長政さんは愛おしそうに私を見つめた。私は彼に気に入られたことがわかった。女ならみな、わかるわよね?彼は大切な宝物を扱うように、大きな手で白くほっそりとした私の右手をそっと包みこんだ。彼に包み込まれた手のあたたかさは腕へと上がり、やがて身体全体に染み込んだ。私の身体は彼の思いの熱量に包まれ熱を帯びる。その熱さに私の身体は一瞬ふらついた。すると長政さんはしっかり私を手で支え、また「本当に大丈夫か?」と心配そうに聞いてきた。ああ、なんて優しい人なの!「ありがとうございます。もう大丈夫です」そう言ってニッコリ微笑んだ。

私は自分の直感が正しかったことを知った。私は私を大切にしてくれる人をちゃんと選んだ。なぜだと思う?どうして彼だとわかったと思う?それは私が私自身を、とても大切にしているからわかるのよ。兄上にも時々「お市の天然毒舌」とからかわれた、わたしの本音。
私はそれを言える人や状況をちゃんと見極めている。彼になら言えるわ。

その時、また長政さんが口を開いた。

「お市、今日からは夫婦だ。
私がお前を大切にする。
守るから大丈夫だ。
よろしく頼む。」彼は座ったまま太ももに手を置き、頭を下げた。

自分から頭を下げるなんて、すてき!さっき収まった鼓動がまたドクドク動き始めたから、さっきよりもっと強く胸を押さえた。

パートナーは自分の鏡、と言うけど本当にその通りだわ。私は自分の気持にウソをつきたくない。
自分がどんなことを感じたか、蓋をせずしっかり感じたい。
これを言われてどう思ったのか
どう感じたか
どんな思いをするのかは、私の自由。
そう思える自分が、すき。私は私のことが大すきで、大切に思っているから舅に何を言われても平気。

長政さんに気づかれないよう、そっと横目で苦虫を噛んだようにお酒を飲む舅をチラリと見た。そして心の中で言った。「勝手に、ほざいてなさい」

私は夫となった長政さんの手に自分の手を重ねた。彼はハッとしたように私を見つめ、そしてゆっくり笑顔になった。
彼の笑みはやさしく私の心を包み、自然と私を笑顔にさせた。

ああ、よかった。
私の選択は、間違ってなかったわ。私が自分を大切にしているから、こうやって私を大切にしてくれるパートナーに出逢えた。だから、平気。夫の家族に嫌われても。それが何か?!

私は笑顔のまま彼に言った。

「よろしくお願いいたしします」

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あなたが誰かに大切にしてほしい、と思うならまず、あなたがあなた自身を大切にすることを意識しましょう。

相手やまわりは、全部自分の鏡。
現実はあなたの心の内が、反映された世界。
あなたは自分のどんな思いが映された世界で生きたい?

その世界を知り、その世界で生きるのを決める事。

それが女性のしなやかさ。





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