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リーディング小説「お市さんforever」第十六話 女はいくつもヒミツを抱え生きていく

女はいくつもヒミツを抱え生きていく

本能寺の変から25日、亡き兄上の最初の居城だった清州城で男達は集まった。面子は織田家の主な家臣達に、光秀を討った羽柴秀吉。
織田家の跡目を決める会議、というのは表向きの理由で、兄上の後継者の後ろで糸を引き、権力を握りたい男達の駆け引きの場だった。

猿は、それはそれは入念に計画を立てていた。
柴田勝家は、兄上の三男で私の甥の信孝を後継者に主張した。
長男信忠は本能寺で亡くなり、次男信雄は人望も才覚もないから初めっから当てにされていない。
信忠が妥当な線であろう、と皆が納得しかけていた時に猿が連れてきた人物を見て、皆が驚いた。猿が両手で抱きかかえていたのは、長男信忠の息子で兄上の孫で三歳の三法師だった。
なるほど、正当な跡継ぎよね。

後でその話を聞いた私は
「あ、その手があった!!」
と思わず膝を叩いて、侍女たちにたしなめられた。三歳の子どもなら何もわからないから、猿が裏から手をまわし思い通りに動かすことができる。
三法師を押して織田の後継者に仕立てた自分こそが、他の家臣達より一歩抜きんでる存在になれる。私は猿の策略にすっかり感心した。その後すぐ、彼を恐ろしい男だと思い背中がゾクッとし、両手で自分の身体を抱いた。
猿の思惑は見事に当たった。でもね・・・猿の思惑は、ただ一つだけ外れたの。残念なことにね。

実は清州会議に先立ち、柴田勝家がこっそり私を訪ねていた。
私は合う約束の時間が近づいても、身支度をせずグズグズしていた。正直、彼に会うのはおっくうだった。彼が何を言い出すか、わかっていたからだ。兄上亡き後の織田のシンボルとなる人物とは、兄上の息子でも孫でもなく、この私だった。「信長の影の懐刀」と言われ、戦国1の美女と誉れ高くカリスマ性のある私。その私を手に入れることで、勝家は織田の跡継ぎに押す信孝の援護ができると思ったのね。

約束の時間になった。私は仕方なく着物を着換え、会見の間に足を踏み入れた。勝家は一人でそこに座っていた。私の姿を見ると頭を下げた。
私は上座に座った。頭を上げた勝家は開口一番
「ぜひ、お市様には我々の方に味方になって欲しい」
とまた畳に頭を擦りつけた。「う~~~ん」私はすぐに返事が出来ず、言葉を濁らせた。信孝は人は悪くない。が乱世を統一できるほどの器量はない。それがわかっていたから、私は即答できず指をトントン膝の上で叩いた。すると、それに焦れた勝家は私ににじり寄って叫んだ。

「お市様!お市様のお考えは、わかっております。
たしかにお市様の読み通りです。
残念ながら信孝様は、信長様のように皆を束ねていく器ではありません。
がしかし、このままいくとあの猿が、あの猿が織田家を乗っ取ってしまうでしょう。しかもあ奴が乗っ取るのは、織田家だけではありませぬ。
あの猿が狙っているのは・・・・・・」勝家はそこで、言葉を切って一瞬下を向いた。
そして思い切ったように顔を上げ、私を見た。
「あの猿が狙っているのは、お市様です。」

「やっぱり」そう心の中で、うなずきながら「まぁ、光栄!
と言えば、よろしくって?!」と皮肉っぽく言葉に出した。
そりゃそうよね。猿にしたらぜひとも、手に入れたい褒美は私でしょう。
奴は織田を手に入れたら、もれなく私もついてくると思っているでしょう。そう思うとイラッとし、私は手にした扇を畳に打ち付けた。勝家は初めて見る激しい私に驚きながら、言葉を続けた。

「が、お市様。
奴めには、れっきとした妻がおります。
しかも、奴は妻の寧々には頭が上がらぬゆえ、彼女を離縁することは無理でしょう。
となると、万が一でもあなた様が猿の方につく、ということは、猿の側室になる、ということを世間に知らしめることになりますぞ」

私は勝家に痛い所を衝かれ、横を向いて唇を噛んだ。それは私も分かっていた事だった。私は畳に爪を立てた。
娘達を守るために、猿に抱かれるのはかまわない。
でも、それが妾という立場になるのは嫌だ。いや、妾の立場からでも、猿を回すことはできるだろうが、立場的に美しくない。

そう思案していた私の眉間は、皺が寄っていただろう。
すると勝家は、両手を畳についてガバリ!と頭を下げた。

「お市様、どうか・・・
どうか、この勝家の妻になって下さい!」と言った。私は耳を疑った。

「えっ?
えっ?
ええ~~~~!!」思わず大きな声を出し、膝立ちになった。

だって、勝家は私より25歳も年上よ!還暦よ!!そう心の中で叫んだ声が聞こえたのか勝家は両手を畳につけたまま、顔を上げた。

「いえ、お市様はただ形だけ、私の妻になっていただければ、良いのです。
私は何も望みません。
あなた様に指一本、触れません!
大切に、大切にいたします。
3人の姫様達も同じように、大切に、大切にお守りいたします。
それに・・・
それに・・・」

勝家は口ごもったまま、片手で髭をもしゃもしゃ触り始めた。
そのひげをみて思い出した。勝家は若い頃からものすごく髭が濃かった。
子どもの頃、よく勝家の髭を引っ張って遊んだこともあった。
年を取っても髭もじゃなところは変わらないんだけど、あまりに口ごもったまま何も言わないからイラッ、として私はついに立ち上がって叫んだ。

「何よ、勝家!
早く、おっしゃいなさいよ」
と強い口調になり責めた。勝家はまたうつむいた。
「いえ・・・ですから・・・・・・」

だーかーらー
はーやーくー

私はうつむいた勝家に近づき、上から見下ろした。勝家は小さな声で、何かつぶやいた。その声が小さすぎて聞き取れず、私は畳の膝立ちになり顔を勝家に近づけた。勝家は顔を畳にすりつけたまま言った。

「私は、もう男としての機能が働きませぬ・・・」

えっ?
ED?!
そうだったの、勝家!!
オーマイガー!!

呆然とした私に、勝家は頭を下げた。
「ですからお市様には指一本触れることなく、正室にして差し上げられるのです。」差し上げる、という言い方が私の耳にザラリ、と引っかかった。私はその場に膝立ちになったまま、顎に手を当て考えた。勝家は猿の秀吉につけば妾にしかなれぬが、自分の方につけば、妻にできる、と。
しかも妻だけど、閨の役目はしなくともよい、と。
その方が、条件良くないですか?
という話よね。黙りこくった私に、なおも勝家は言葉で背中を押した。

「お市様、わたしと一緒にぜひ織田家を再興いたしましょう!それが、亡き信長様のご意志だと存じます」

私は天を仰ぎ、兄上に問いかけた。
兄上、本当にそう思っている?
私は兄上は本能寺で命を落とした時、俗世の欲も手放して旅立った気がした。あの日庭で見た黒い蝶は「天下統一」という重荷を下ろし、軽やかに舞っていた。死をもって、兄上はやっと楽になった気がする。
だけど、私はまだ楽にはなれない。
この乱世を、娘達と生き伸びていかなければならない。

猿か、勝家か。
女の本能として、強き種を持つ馬は猿だと知っていた。
この勝家という旧タイプの老いぼれた馬は、もう先が見えている。妾か、妻の座か。どちらも欲しいものではない。
だが、どちらを選ぶことが娘達に胸を張らせることになるのか・・・と考えた時、初めて本能の声を無視して蓋をしたまま言った。
「わかりました。勝家、あなたの妻になりましょう」

私の答えを聞き勝家は心底ほっと安心した様子で、いきなり大きな声で髭を震わせ笑った。勝家は
「お市様、それでは明日、清州に行ってまいります。
 猿がどんな手を使うかわかりませんが、こちらにはお市様という援軍がついておりますからな!お任せ下さい!」
と胸をこぶしで叩いて言った。

私は部屋から出て行く勝家の後姿を見送りながら、これで本当に良かったのか自分の決断に自信が持てなかった。
苦い味が、舌の奥から湧いてきた。
私は何かを、間違えたのではないかしら?
そんな思いが心の奥から不安ともにわき上がり、黒く胸を染めた。だけど本能に背いても進まねばならない道がある。そう自分に言い聞かせた。どちらにしろ、賽はもう投げられた。

私は自分の決断を正当化するため、頬杖ついて新しく夫になる勝家のことを考えた。あの勝家が新しい夫とはね。あの勝家がEDになるとはね。
人は見かけによらないものね。
人生は予想外のことが起こる。そのたびにヒミツも増えていく。勝家の事も誰にも言えない。女はいくつもヒミツを抱え、生きていく。

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