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「シャイニング・ワイルドフラワー~千だって~」第十七話 自分だけでなく、大切な人達のために強くなる

自分だけでなく、大切な人達のために強くなる

その頃、私は姫路の民たちから「播磨姫君」と呼ばれているのを知って、
くすぐったく思った。けれどそれは播磨の地に受け入れられたことだと思い、誇らしくも思った。
その地で妊娠した私は嬉しさより、戸惑いの方が大きかった。
以前の結婚で妊娠と流産を味わい悲しい思いをした私に「妊娠」は必ずしも喜ばしい出来事ではなかったの。
もし、また流産したらどうしよう、そんな不安にかられ夜も眠れない日が続いた。と同時にますます忠刻ダーリンをすきになり、愛するほどに「彼の子どもを産みたい!」という相反する気持ちが強くなった。
私の妊娠を知り、無邪気に喜んでいる彼を見るたび
また流産して彼を落ち込ませてしまったら、どうしよう・・・・・・
という不安が渦巻き、素直に妊娠を喜べなかった。暗い顔をしている私にダーリンを始め、周りが気を使い始めると、情けない自分にますます嫌気がさした。

日中、お腹に手をやりぼんやりすることが多くなった。以前の妊娠はなかったことにされ、どこにもそのしるしは残されていない。
その事実を知っているのは、刑部卿局ただ一人だった。
おじいちゃまにもパパにもママにも話していない。
生涯、誰にも話すことはないだろう。
もちろん刑部卿局はわたしの名誉も含め、貝のように口を閉ざしている。

そして心のどこかで自分を責め続けている私を見かねた彼女は、今回の妊娠が千姫様にとって初めての妊娠で、マタニティーブルーになっているようです、とまことしやかに周りに伝えた。
するとその話を聞いた従姉で、ダーリンのお母様の熊姫ママが私の住む武蔵野御殿にやってきた。

私はこのお義母様である熊ママがすき。
熊ママは幼い頃、おじいちゃまの長男で父親の信康様が切腹し、母親の織田信長大伯父様の長女の徳姫様は実家に戻られた。残された熊ママと、そのお姉さまは、おじいちゃまに養育されたの。
幼い頃、両親と離れた苦労を味わっているせいか、熊ママは人の気持ちに寄り添うことができる優しい方だった。
淀ママはもっと血の近い伯母だったけど、近寄りがたく心も閉ざされていた。
私は淀ママに好かれていないのも知っていたけど、あの頃の私は世間知らずで、籠の鳥の生活しか知らなかったから、やってこれた。
けれどいったん、鳥かごから出るとどれだけ自分が窮屈な生活をしていたか、よくわかった。
あんな生活は二度とできない、と思う私は自分が考える以上に秀くんとの結婚は、トラウマになっているかもしれない。

熊ママは美味しいものやおしゃれもすきで、裏表もないから、一緒にいてても楽しい。
お義父様とも仲が良く、実家を早くに出た私に再び「家族」を与えてくれたのが、この本多ファミリーだった。
私がマタニティーブルーだと聞いてやってきた熊ママは、まっすぐ私のところにやってきて無言で私の手を握った。
「妊娠したら、不安よね?」
突然言われビックリしたけど、はい、と返事をしてうなづいた。

穏やかな笑みを浮かべた熊ママは、優しく私を見つめ言った。
「私は忠刻を含め、三男二女を産みました。
だけど五人産んでも毎回、出産のたびに怖かった。
妊娠している時から怖かったの。
流産もしたから余計ね。
女にとって、妊娠出産は命がけです。
不安で怖くて当然です。
だけどね、この子が本当にこの世に生まれてくる、と決めていたら、きっと無事に生まれます。
私達家族はそれを信じ見守るだけです。
だから、きっと大丈夫よ」

そう言うと、熊ママは暖かい手で私の背中をゆっくり撫でた。
その暖かさ熊ママの気遣いがうれしくて、私は泣いた。
以前の妊娠は何事もなかったように跡形もなく消され、その子を悼むこともお墓を作ることさえ赦されなかった。
だけど、今は違う。
私をあたたかく見守ってくれる家族がいる。
私はもう一人ではない。
だから強くなれる。
人は自分の為だけに強くなるのは限りがあるけど、大切な人達の為にもっと強くなれる。
自分だけでなく、大切な人達のために強くなる。初めて私はそう思った。

そう覚悟を決めたら、私の中に眠っていた強くしなやかでしたたかな私が目を覚ました。お腹に置いた手の置くから強い鼓動を感じ、勇気が湧きあがった。

早速その夜、忠刻ダーリンに宣言した。
「私、強くなってあなたのお子を産むわ!」
忠刻ダーリンはビックリした顔をしたけど、すぐ私をやさしく抱き寄せた。

「ありがとう。でも、無理をしなくていいからね。
まずは千の身体が何より大切だ。
僕は千がそばにいてくれさえしたら、幸せだよ。
まさか君と結婚できるだなんて思いもしなかった。
僕の手の届かない高嶺の花だとばかり思っていた。
だけど僕と結婚しその上に子どもまでできるなんて、うまくいきすぎている。僕は今のままでも十分幸せだ。
千さえそばにいてくれたら、何も望まないよ」

ダーリンは私の黒髪を撫でながら言った。ダーリンの厚い胸に抱き寄せられ私は軽く拳を作り、彼の胸をコンコンと叩いて甘えた。

「それはうれしいけど、ちょっと残念!
せっかく覚悟を決めたのに」

「大丈夫!僕らの子はきっと何もかもわかって、僕達のところにやってくるよ。その子は千の大いなる支えになるだろうからね」

「あなた、時々予感めいたことを言うのね。
いいわ、だけどこのことは覚えていて。私の大いなる支えは、あなたよ。
あなたしかいないわ」

「支えは、何人いてもいいんだよ。
千は懐が大きいから、支えはたくさんあればあるほどいい」

忠刻ダーリンはそっと私にキスした。
その時、私の胸からバラ色のオーラが止めようもなく溢れ出た。ああ、幸せとは、こういうことを言うのね、と泉のごとくわき上がるあたたかい思いに目が開いた。
私の心はたくさんの愛で満ち溢れ、果てしない海のようにどこまでも広がっていく。私は自分からダーリンの舌に自分の舌をからめた。

その年の十月、元気な女の子を出産した。
名を勝姫とつけた。
勝姫は髪の毛の黒々とした可愛い女の子だった。
私の産んだ初めてのお子。
愛しい忠刻ダーリンとのお子。
ほやほやと小さくあたたかい勝姫を胸に抱き、この子を何が何でも守り、幸せにしたい、という思いが目覚めた。
幸せになってほしい、と強く自分以外の人のことを祈るのは、初めてだった。お人形のように小さいのに、五本の指に小さな爪まである赤ん坊の勝姫は、どれだけ見ても見飽きる事がなかった。私は暇さえあれば、自分の指をぐうの字に結ばれた勝姫の手に握らせ、母と娘の絆を感じた。ダーリンもしょっちゅう初めての我が子を抱っこし、トロトロの顔になって「どこにも嫁にやらないからね!」と親馬鹿ぶりを発揮していた。もちろんこの時代、そういうことはあり得ないし、本人も承知だったけど、それくらいダーリンは勝姫を愛しんだ。
彼女の誕生は、みなを笑顔にさせた。

勝姫はすくすくと成長していき、本多家は明るい笑顔に包まれた。
侍女達は私を「御姫様」勝姫を「小姫様」と呼んだのよ。
大きな姫と、小さな姫ね。
そして翌年の1619年、私はついに待望の長男を産んだ。
本田ファミリーの後継ぎの名前は、幸千代と名付けられた。
勝姫とはちがう力強い鳴き声と愛おしさに心が震えた。
城中も湧きたった。後継ぎを得たダーリンもがぜん張り切り、家じゅうも活気に沸いた。私は二児の母親となり、毎日お祭りのような忙しい日々を過ごした。

これらの時間は後に振り返ると、私の生涯の中で最もかけがえのない大切で幸せな一コマだった。


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愛し愛され輝いて生きるガイドブック

あなたは自分のためだけに、がんばれますか?

それだけでも十分ですが、あなたの大切な人たちのためのことを思うと、もっとやる気ができませんか?

自分ためだけにできることをがんばるのは、知れています。

でも自分のためだけでなく、自分と大切な人と幸せにするためなら、もっともっとあなたの潜在能力は開かれます。

あなたの眠っている潜在能力、もっと開きましょう!



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