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リーディング小説「お市さんforever」第十五話 どれだけの女が、褥で演技をすることなく過ごせるの?

どれだけの女が、褥で演技をすることなく過ごせるの?

兄上と義姉上が亡くなった日からわずか11日後、光秀は猿に討たれた。私がその知らせを聞いた時、花を活けていた手が止まり背筋がスッ、と伸びた。そして光秀を倒した猿のような男に感謝の気持よりも
「そう、よくやったわね。猿のくせに」
と言って、手にした花を首からぽきんと折った。その時喜びよりも混乱が一挙に押し寄せ、頭が目まぐるしく回転し始めた。私は気持ちを落ち着かせるように、再び茶花器に入れる花を選び始めた。この茶色い花器は、兄がとても気に入っていたものだった。
これで兄上の後継者最有力候補は、猿が握るだろう。
私はどう動けばいい?おそらく、兄上が亡くなった動乱後の織田は総崩れだ、と私は花を生けながら、どの花器に自分を置けばいいのか考えた。

強いものだけが生き残る下剋上の世で、強い遺伝子だけが残っていく。
とても残念だが、兄上が側室達との間に残した遺伝子達は強くない。
カリスマ性も人望も度量も、はるかに兄上に及ばない。
早かれ遅かれ織田は、天下統一の流れから消えていくだろう。
だけど男達は闘って上に立ちたい生き物だから、織田の家臣達が黙って見過ごすわけがない。

私は揃えた花の中から一番立派な花を選んで眺めた。この花のように今のところ、一番生きがよく強い遺伝子を持つ男は、猿の羽柴秀吉だった。
彼に対して織田の家臣で秀吉に対抗できそうなものは、柴田勝家に、丹羽長秀に、池田恒夫だ。だけど、みな、ちょっとキャラクターが弱いそうだ。
唯一、勝家だけは強そうだけど、少し暑苦しいわね。秀吉がこの戦国時代の成り上がり柔軟に生きるニュータイプだとしたら、勝家は義理を重んじ、しきたりを大切にする旧タイプの人間。
家臣としては優秀だけど、天下を治める力と度量は彼にないでしょう。
さぁ、誰につく?と考えながら、私は花をよった。

夜になって寝床に横になっても、私は暗闇を見つめ考え続けた。女は自分を誰に与えるかで、戦国時代の立ち位置が決まる。
選ばれるように見せて、実は自分で選ぶ。
どの馬に乗るのが一番有利か、どの馬が勝ち馬になるのか女は考え尽くす。私は寝間着の上から、そっと秘所に触れた。そこは乾いていた。本能寺の変から子宮を捨て心もフリーズさせ、何も感じないようになった。
身体はただのいれものだから、誰に抱かれても構わない。
感情が伴わなければやることも同じだから、どんな男もみな同じだとわかった。女はみな、上目遣いや、甘いため息、感じているふりが得意だ。
どれだけの女が、褥(しとね)で演技をすることなく、過ごせるのかしら?私は長政さんが初めての男だったから、誰とも比べることがなかった。
花芯からのみ与えられる快感がつま先まで届き、身体全体を痙攣させるものだと信じていた。
だけど長政さん以降の男達との快楽の形は、さまざまだった。自分だけの快感で満足する男もいた。そんな男には褥で演技をした。だけどほとんどの場合、私はいろんなやり方で、身体からさまざまな快楽を引き出す方法があることを知った。膝頭や肩甲骨の走る背中、腕の裏側。そこかしこに、未知の快感があった。
男達は幾たびも長政さんが開発していない快楽の場所を探し当てた。
それは男達に蜜の湧き出る秘密の場所に私が導いた。

私は人差し指で自分の花弁をくるくると回し、快感が押し寄せるか確かめてみた。快感は来なかった。私の蜜はもう尽きた。
私自身もその蜜を存分に味わい、男達にも吸わせ味わわせた。
打ち止めだった。その言葉が浮かんだ私は花弁から手を離し、暗闇の中でふふふ、と声を出さず笑った。

今のわたしの身体は、文字通り空(から)だ。空っぽだ。
ふんだんに流れていた蜜は、あの日子宮を手放すことを決め、蓋をした。
まさに打ち止めだった。浅井と織田の血を受け継ぐ娘達を守る為なら、添うのはあの猿でもどの男でもいい。それが、長政さんが私を二度も生かしてくれた意味に違いない。私は空っぽの身体のまま「会いたい・・・・・・」と声に出してむせび泣いた。
私が蜜を与えて与えて、与え尽くしての足りないほど愛した長政さんだけだった。長政さん以降の男達は、私の蜜を生みだすためだけの糧(かて)だった。

明日、清州で織田の後見人を決める会議が始まる。
この日で誰が次の天下人への一手を出すのか、男達の優劣もわかる。
明日、次の運命を決めるサイコロが振られる。私は静かに兄上に手を合せ祈った。その時「市、生きるのだ」と私に命じるような声が、天から降ってきた。その声は兄上ではなく長政さんだった。私は姿を見せぬ愛する人に向けて頷きいた。

ええ、生きるわ。
女としての亡骸を抱えたまま、それでもわたしらしく。
生きてみせる。
あなたのために。
娘たちのために。

私はぐっと強く両手を握り締め、立ち上がった。


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しなやかに生きて幸せになるガイドブック

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それの行為の裏にある、あなたの本音に向き合ってみましょう。

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