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「シャイニング・ワイルドフラワー~千だって~」第二十一話 今この時、やりたいことをやる


今この時、やりたいことをやる

江戸に帰ってきた。
十年ぶりの江戸は、人も町もわいわい活気があってビックリした。
のんびりした播磨や播磨弁に慣れていた勝姫は、人の多さや言葉のちがいに目を真ん丸に見開き、首をあっちこっちに向け興奮していたわ。
その様子がおかしくて抱きしめたいほど可愛くて、クスクス笑ってしまった。勝姫はそんな私におかまいなく、真っ赤な頬で外の景色から目を離さず言った。

「お母さま、江戸はすごいね~!」

上ずった声で話す勝姫は、これまで見たことがないくらいワクワク楽しそうだった。

「すごいでしょう?江戸城も大きいのよ」

「本当?!早く行きたい!早く見たい!!」

目をキラキラと輝かせている彼女にも、この江戸で新しい扉が開くのを感じた。江戸城に着いた私達は大勢の家来や家光やパパ達に優しく迎えられた。日のあたりのよい明るい西の丸に、私と勝姫の住まいが用意されていた。新しく替えられた畳に気持ちのいい風が吹き、床の間に美しい花も飾られて甘い香りを漂わせていた。私は家光の心遣いがうれしく、顔がゆるんだ。

「姉上、何かご不自由がありましたら、何でもお申し付け下さい」家光が、やさしく微笑んだ。パパも「よう戻ってきた・・・・・」と涙ぐみ、私と勝姫を抱きしめた。
パパから見たら、私は二度も夫を亡くした不幸な娘よね。
でも憐みなどいらない。私は堂々と胸を張り生きていくわ。そんな思い胸に凛と背筋を伸ばしていたら、パパが驚くべきことを口にした。
「ところで、お前はもう一度嫁に行く気はあるかい?」

「父上、今そのようなお話などしなくていいではありませんか!
せっかく姉上が戻ってこられたばかりなのに!」
家光が声を荒げた。

「今、戻ってきたからこそ、これからの行く末を考えていかねばならぬのじゃ!将軍家の姫としての立場もある!
千はまだ若く、美しい。嫁に、と望むものはおるのじゃ!望まれている内が、花なのじゃ!!」
パパは家光に反論した。

私は道中考えていたことを口に出すチャンスだ、と大きく息を吸い頭を下げた。

「お父上、そして家光様、私達親子をあたたかくお迎え下さり、本当にありがとうございます。私、もう誰かに嫁ぐのは止めます。
誰かに幸せにしてもらうことは止め、自分で自分を幸せにするよう努力します。そのため、落飾させていただきたく存じます」

パパと家光が息を飲んだのが、わかった。
落飾するとは出家すること。
髪を全部そることもなく、髪を短くして仏の道に入ること。
その決意を播磨から江戸に向かう道中で心を固めた。
私は重ねて言った。

「どうぞ、お許しください。落飾し、秀頼様と忠刻様の菩提を弔いたく思います」

二人は私の真剣な思いに押されたようにしばらく口をつぐんでいた。やがてパパが私の手を握り、涙声で頭を下げた。

「千、すまない・・・・・・お前には苦労ばかりさせてしまった」

私は笑顔で首を振った。

「父上、私は苦労したなどと思っていません。
秀頼様との結婚も、忠刻様との結婚もどちらも渡しの人生を彩ってくれました。そして、こんな可愛い娘も与えてもらいました。
私はすきな人と結婚でき、幸せでした。
ありがとうございました」

こうして私は落飾し天樹院という名をいただき、城内の竹橋御殿で勝姫と暮らし始めたの。
勝姫がいたから、寧々ママのようにお寺に入ることはなかった。
だから落飾しても、これまでの生活とあまり変わらなかった。
それどころか、お見合い話を持ち込まれることがなくなったのが、何より楽だったわね。
そしてこれまでの人生で、したくてもできなかったこと。
少女時代のあこがれを叶えてみよう、と思ったの。

もう結婚はしなくてもいい。
寺にこもることなく生活し、秀くんと忠刻ダーリンの菩提は弔っているわ。
だけど毎日毎日、祈ったり写経をしているだけで、人生を終えたくない。女性として一歩世間から引いた自由な立場になった今、少女時代にあこがれていた「恋をすること」にトライしたの。
この恋に着地点はいらない。
相手が結婚していようと、していまいと、関係ない。
私が恋し、相手が私に恋してくれたらいいの。
だって私はまだ若いし、短くしたとは言え黒々とした髪も、しなやかな身体も、美しさも持っているのだから。

私は風呂上りに侍女に体を拭かれながら、まじまじ自分の体を見た。ぬけるように白い肌、豊かな胸にウエストからヒップまでのなだらかなボディライン。侍女がうっとりしながら「天樹院様、お一人寝はもったいのうございます」とため息をつくほどなの。おめおめと埋めてしまうことはなくってよ。私はその言葉に返事をせず、うっすら笑みを浮かべたの。
まぁ、見ててごらんなさい。恋は簡単にできるとは思わないけど、本人にその気がなくても、落ちるのが「恋」だから。

私は風呂上がりの艶々した自分の顔を、鏡に映してしわやしみがないか点検した。そして、まだまだいけるわ、現役で女を生きられるわ、と自信を強めた。
「恋」は「愛」より軽やかで、自由。結婚、という枠から離れると、自分の心のままに男の人を選べる。私はもう誰も縛られたくない。
これからの私の心も体も私だけのもの。
でもちょっとだけ「恋」をして、男の人に心も体もちょっとだけ預け、女を満喫するわ。

「わたしはたくさん恋をするために、生まれてきた」

大阪城という鳥かごに居た頃、そう思っていた。
だから、その時の思いをここで開放するの。
私は「口が堅くてイケメンで、恋上手で床上手なメンズ。大募集!!」と眠りに落ちる前に呟いた。

それから私好みのメンズ達に出会い、いくつか恋をした。
刑部卿局が言うには、恋をしている時の私は、とろけるまなざしになり身体全体からうるうるしたフェロモンが出ているらしいわ。
自分でも肌や髪の毛に触れると、女性ホルモンが放たれたせいか、しっとり潤っているのがわかるの。

おまけに昨日の夜のランデブーを思い出すと子宮がキュン、とうずき
蜜があふれ出すの。
こっそり部屋にしのんできた彼は、最初落飾した私を抱いていいのかどうか戸惑っていた。そんな彼を先に抱き寄せたのは、わ・た・く・し。
彼から見たら怖れ多くも現将軍の姉だものね。
何かあれば、首が飛んでも仕方ないことだもの。
だけど、大丈夫。
アバンチュールは一夜限り。
夢なの。
恋は、夢。

口さがない世間は、「女ざかりの千姫が、自分の欲求を満たす為に屋敷に男を引き入れている」と言っているらしいの。
その噂を聞いて怒った刑部卿局に笑いながら言った。

「それ、半分当たって、半分まちがっているわ。
男を引き入れているんじゃないの。
男が私に引き寄せられてくるの。
それも、いい男がね!」

刑部卿局はため息をついた。
「姫様は本当におばあさまのお市様に、よく似てらっしゃいます。」

「まぁ、あの美人で誉れ高かったおばあさまに!!」

「美しさだけではございません。江様に昔こっそり聞かされたことがあります。お市様は、江様のお父様、浅井長政様が亡くなり実家の織田家に身を寄せられていた時、今の姫様のように恋を楽しんでおられたそうです」

「まぁ、おばあさまも!!」

「江様はまだ小さくて、何もご存知なかったそうですが、淀様はある程度大きくなっておられたので、夜目覚めた時に横にお市様がおられないことが度々あったことを憶えておられたそうです。母親でなく女として恋を楽しむお市様に反発もあったそうです」

私は久しぶりに淀ママのことを思い出した。
そして淀ママの美しさの陰にあった、孤独と寂しさを思った。
そうだわ、と私は膝を打った。淀ママのご冥福もお祈りしておきましょう!
寧々ママも!早速数珠を手にした時、横でにこやかに笑っている刑部卿局に気づいた。

「姫様、なんだかとても楽しそうですね?よろしゅうございました」

「ええ、楽しくってよ。
こんな時間がいつまでも続くとは思っていないし、続けるつもりもないわ。
だけど、やりたい、と思ったことはもう後のばしにしたくないの。
人はいつ死ぬかわからない。
あの時、あれをしておけばよかった、と後悔したままあの世に行くことが一番もったいないわ。
今の私を、一人にしておくのがもったいないのと同じようにね。
私は今、恋をしたいの。
だから今そこに全部のパワーを持って行くわ」

私は指で顔を押さえ、こめかみから唇に向かい指くるくる動かし、マッサージを始めた。私は今この時、やりたいことをやる。
その先のことは、それから考えればいい。
今を楽しめるから、未来も楽しめる。

しばらく顔のマッサージをした後、鏡をのぞいた。

う~ん、今日の私も美しい、私は満足し鏡に向かって笑った。



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