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「シャイニング・ワイルドフラワー~千だって~」第九話 自分がゴールを決めたら、運命が勝手にわたしを運ぶはず

自分がゴールを決めたら、運命が勝手にわたしを運ぶはず

徳川との和睦が終わり、条件通り大阪城の外堀を埋める工事が終わった。
「外はワイワイガヤガヤ賑やかね」そう刑部卿局に話しかけたが、彼女はわたしの言葉が聞こえていないように何かを一心に考えている。わたしが彼女の目の前で手を振って、ハッ!と我に返り「どうかいたしましたか?」なんて言うの。
最近の彼女はどこか、おかしい。沈んだ顔をして無口かと思うと、いきなり賑やかにおしゃべりを始める。
大丈夫?!わたしは心配になった。まだ認知症になるには、早すぎるわ。
生まれた時からずっとそばにいて、わたしをサポートしてくれる彼女だけがわたしの頼りだ、と思いかけ、慌てて首を振った。

ダメよ!千ってば!!ダメダメ!!
あなた、砂漠に咲くワイルドフラワーーになる!て誓ったじゃない!!
人を頼りにしてはいけないわ。
そう自分に言い聞かせ、ぐっと両手を強く握りしめた。

だけど、どうやって運命を操るワイルドフラワーになればいいのかしら?
わたしは首をひねった。
でも、なるの!そうなる、て先に決めるの。
そうしたら、きっとなれるはず。握り締めた両手をガッツポーズに置き換える。するとわたしの耳に、寧々ママに言われた言葉がこだました。

「運命は自分の思いで、変えることができるのです。
変わるのです。自分の手で。
ただ、運命に流されているだけではだめですよ。
運命を操る女になるのです。
あなたならきっとできます」

わたしはうなづいた。そうよ、あの北政所にまで上り詰めた寧々ママが、そう言ってくれたのよ。
なら運命に流されるのではなく、運命を操る砂漠に咲くワイルドフラワーになるしかないわ。真っ赤なワイルドフラワー。

自分がゴールを決めたら、運命が勝手にわたしを運ぶはず。
それが、運命を操る、ということかもしれない。わたしは城の外の埋められた外堀を見つめた。

ところが、無事、外堀の工事は終わったのに、外堀だけでなく三の丸、二の丸と工事は続き、どんどん城に向かい堀は埋められていた。
わたしは飛び上がらんばかりに驚いた。
「これって、約束違反じゃない?!
お濠をこれだけ埋めてしまったら、大阪城は丸裸よ!」

刑部卿局に訴えたけれど、また彼女は思いつめた顔で上の空だった。こりゃダメだ!とわたしは天を仰いだ。
そしてこの光景を目にし驚いた淀ママは、すぐおじいちゃまに不服を申し立てたが、あっさりスルーされた。
このままの大阪城だと、次に戦があった時はお城にこもって戦うなんて到底無理だ、いくら疎いわたしでもそれはわかった。

突然、急に胸を鋭い爪で掴まれたように、わたしは息苦しくなり呼吸困難を起こした。そばにいた刑部卿局は慌てて、わたしが舌を噛まないよう、布切れを口に押し込んだ。

わたしは酸素不足の金魚のように、口をアップアップさせた。朦朧とした頭の中で、わたしはおじいちゃまに見捨てられた、と悟った。おじいちゃまは、わたしの命なんてどうでもいいんだ。
わたしも秀くんと一緒に討ち死にすればいい、と思っているんだ。
孫の命と引き換えに、天下を取れたらそれでいいのよね。悲しさと悔しさと切なさにまみれ、わたしはその場に倒れた。侍女たちが悲鳴を上げる声を聞こえた。

床の中で目が覚めたわたしの顔を、心配そうな顔で刑部卿局がのぞきこんでいた。「姫様・・・・・・」泣きそうな声で彼女は言った後、わたしの手を両手で挟み、耳元に口を寄せ小さな声で囁いた。
「姫様、お覚悟をして下さい」

いきなり目覚めて、そう言われたものだからかちん、と来た。もう、寧々ママも刑部卿局も、覚悟、覚悟、てうるさいわね!
そんなに簡単に「覚悟」という言葉を出さないでよ!
わたしは腹がたったから、ムスッと黙り込んだ。

不機嫌になったわたしに、噛んで含めるように刑部卿局は言い聞かせた。

「姫様、よくお聞きください。
大御所様は、可愛い姫様が嫁いだ先であっても、徳川の天下安泰のためならどんなむごいこともするでしょう。
上に立つものというのは、個人の感情に流されてはいけないのです。
お家のため天下の民のために、大御所様は行動されます。
姫様にとって、それは辛いことと存じます。
けれど、大御所様は姫様を見捨てたわけではございません。
水面下ではいろんなかけひきがなされております。
いいですか、姫様。
姫様は秀頼様の正室であると同時に、徳川の人質です。
正直に申しまして、豊臣がここまで持ちこたえられたのは、姫様、という人質がいたからです。
もし姫様がおられなければ、大御所様はとっくに豊臣を滅ぼしていたでしょう」

わたしはポカン、とした。あれ?

「えっ、そうなの?!わたし、おじいちゃまに見捨てられていたわけじゃないの?」

「大御所様は、そのようなお方ではありません。
可愛がっていた姫様をどのようにして大阪城から救い出すか、懸命に考えておられます。
豊臣にとって、淀様にとって、姫様は命綱なのですよ」

「命綱・・・・・・」

その言葉はずしん、と重かった。刑部卿局に指摘されるまで、能天気なほど、自分が人質であることをすっかり忘れ果てていた。
それほど秀くんとの時間は、あたたかくやさしいものだった。

刑部卿局はさらに忍耐強く、わたしに言い聞かせた。

「いいですか、姫様。
この前の戦は、姫様や秀頼様にとって生まれて初めての戦でした。
戦はこれから続くやもしれません。
秀頼様は、残念なことにお父様の太閤秀吉様から戦の仕方を、何も学んでおられません。
戦だけでなく、人たらしとまで言われたお父様から、人の心をつかむ方法さえ学ぶ時間がなかったのです。
それは戦において、致命的です。
きっと秀頼様はご自身のためではなく、淀様や家臣たちのために戦っておられるのでしょう。
秀頼様は、心優しいお方です。
平和な時代にお生まれになっていたら、きっとよい関白となりこの国を治めていったことでしょう。
そんな秀頼様とたくさんの戦を経験した大御所様が戦うのは、最初から不利なのです。たくさんの戦を経験した大御所様とは、圧倒的な差があります。
このたびの戦では豊臣に味方する者たちの懸命な働きで何とか和睦に持っていけました。
が、次に戦う時は・・・・・・」

刑部卿局は口をつぐんだ。わたしは嫌な予感を抱えたまま、先を促した。

「次に戦うと、どうなるの?その先を言いなさい、刑部卿局!」

「もう、無理かと存じます」

刑部卿局はうつむいて、小声で言った。その時、わたしは悟った。
そうか・・・そうだったのね・・・
刑部卿局がここまで言う、ということは、きっとまたおじいちゃまは戦を仕掛けてくる、と言うことなのだ。
なら人質としてこの大阪城にいるわたしに、何ができるだろう?
それは、秀くんとの時間を大切に過ごすことだ。
どれだけ一緒にいられるかわからないけど、秀くんとの時間を大切に過ごそう。この先開かれる未来を、見るのが怖かった。

正直、この時のわたしは、秀くんと一緒にこの大阪城という大きな鳥かごで一緒に息絶えていくことしか考えていなかった。
それが大阪城でつがいとして飼われていたわたし達の運命だと信じていた。
そして今ならよくわかる。わたしが退屈だと思っていたあの時間。夢見る様な時間が一番平和だったことに気づき、愕然とした。
人は失った時に、その大切さに気づく。
わたしにあとどれだけの時間が残されているのかわからないけど、秀くんと大切に過ごそう。秀くんを笑顔にしよう。
わたしはそう決めた。

秀くんはわたしのところによく来てくれた。
お城には、側室さんが産んで養子に出した国松君と奈阿姫が城に戻ってきた。
二人は初めて、父親である秀くんに会ったの。
秀くんは照れてはずかしそうに、二人の子供を伴ってわたしのところに来たわ。その時の秀くんは父親の顔になっていた。
二人の子ども達はとても緊張し、もじもじていたから、刑部卿局にいってお菓子を持ってこさせたの。
美味しそうに食べる可愛い二人の子どもを見ながら、わたしはほのぼのした気持ちになった。
特に奈阿姫は、わたしに身体を預け甘えてくるから、可愛いったらありゃしない!!
もし、わたしにお子が生まれていたら、わたしと秀くんももっとちがった関係になっていたかもしれない。豊臣の運命も。
そんなこといっても、仕方ないけどね。
だけど、そんな平和な時間はほんのわずかだった。

豊臣は丸裸になった大阪城の堀の一部を掘り返し、大量の兵糧米を運び、兵を募った。それを知ったおじいちゃまは
「大阪城をすぐに出て地方に行くか、城内にいる兵をみな辞めさせるか、どちらかを選ぶように」
と言ってきた。当然、豊臣はそんな条件を受け入れられるはずもなく、和睦のため、おじいちゃまのところに向かった大野治長は途中で闇討ちに合い、負傷して帰ってきたの。
交渉決裂だった。
そうやって、大阪夏の陣が始まった。

けれど今回は以前の戦と世情が違っていた。
徳川は幕府を開いていた。
おじいちゃまがパパに位を譲り世襲制になっていたから、世間は豊臣の時代が終わり、徳川の世になっていることを認めていた。
ほとんどの大名たちも、今さら豊臣に加勢したところで、負け戦になるだけと豊臣に味方してくれなかったの。
でも、わたしは何とかしたかった。

何もできないかもしれないけど、何とかしたかった。
秀くんや子どもたち、淀ママやみんなを守りたかった。
だから、パパのところに使者として行った。
付き添いには怪我をした大野治長を連れて行った。
パパに会うのは、嫁いでから初めてだった。
パパの横で、ママは涙をこらえていた。
大野治長はパパに頭を下げた。
「わたしは切腹しますから、どうぞ秀頼様と淀様のお命だけはお助け下さい」

それは人質としてこのままわたしを置いて帰るから、その代わりに秀くんと淀ママを助けて欲しい、という交渉だった。
わたしは初めてそのことを知った。
けれど、パパは首をたてに振らなかった。
わたしもパパに頭を下げて、訴えた。
「どうか、秀頼様と淀様のお命だけはお助け下さい」

パパは冷たい声でわたしに言った。

「大阪城に戻りなさい。 お前は、秀頼様の妻だ。お前の城は、大阪城だ」

その声は、わたしの心を引き裂いた。
ママは泣いていた。
ママに弱いパパなのに、パパは揺るがなかった。
そして、わたしは何の役にも立たない。

なにが、砂漠に咲くワイルドフラワーだ
誰だ、そんなもん。
わたしごときに、なれるワケないじゃん。
敗北感に打ちひしがれた。

わたしは徳川から、見捨てられた。
沼のように深い絶望感とあきらめが、わたしを包み込む。

砂漠に咲くワイルドフラワーは、あっという間に手折られた。
花びらが散った後には、また荒涼とした砂漠が広がっていた。

わたしは「覚悟」をなめていた。
寧々ママと刑部卿局が、覚悟、覚悟、と言っていた意味がよくわかった。
わたしには「覚悟」ができていなかった。
覚悟のない中途半端な決意は、何かあるとすぐ散ってしまう。

散ってしまった花びらを手に、わたしは砂漠に立ちすくむ。
目の前がひどい砂ぼこりで何も見えない。
だけど、どうやらそこには誰もいない。
どこまでも広がる荒涼とした砂の海に、わたしはたった一人。

一人ぼっちだった。


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愛し愛され輝いて生きるガイドブック

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決める、ということはとてもパワーが必要です。

安易に決めたことは、安易に破られます。

そこに「覚悟」

ありますか?


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