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リーディング小説「生む女~茶々ってば~」第十八話 運は強気なものに味方する

運は強気なものに味方する


日に日に、秀吉の拾への溺愛ぶりが増していった。鶴丸の時と同じように、いやそれ以上に秀吉は拾いを可愛がっている。

私も拾が、可愛くて愛おしくたまらない。
毎日我が子を抱いて自分の乳を与えるなど、鶴丸の時にはなかった。
乳を飲ます内、これが我が子、という愛着がますます深くなる。
乳はいくらでも湧いて出た。

私が拾に乳を飲ませている姿を、秀吉は目を細めうれしそうに見ていた。
「よい姿じゃ、茶々」
「あら、秀吉様も私の乳を飲みたいのですか?」
秀吉をからかってみた。

「いや、拾が元気に茶々の乳を飲んでいるのを見るだけで、わしは幸せじゃ。この子が、豊臣の世継ぎでわしの後を継ぐのじゃ」
「秀次様の次ですよね」
皮肉を込めそういうと、秀吉はムスッと黙り込んだ。

秀吉は五十七歳。
それに引きかえ、秀次は二十五歳。
秀吉が亡くなり自分に何かあれば、秀次は何人もいる自分の息子に豊臣の後を継がせるだろう。
そうなると拾は秀吉の子でありながら、豊臣を継げなくなる。
私はそれだけは、絶対に避けなくては、と強く手を握りしめた。

拾が生まれてすぐ、秀吉は秀次との関係をうまく乗り越えるため「日本分割説」を考えた。
日本を五つに分け、内四つを秀次に、残る一つを拾に譲ることを決め、秀次に申し伝えた。それを受け、秀次から私にご機嫌伺いの見舞状が来た。

私はその文を読み、ポイッ、と捨てた。
「どうして秀吉の嫡男の拾が五分の一で、甥の秀次が五分の四なのよ。
おかしいでしょう?!」
腹が立って、たまらない。
怒りが収まらず、秀吉に進言した。

「もし今あなた様に何かあれば、拾はどうなるのでしょう?
あなたの嫡男でありながら、領地もわずか五分の1。
秀次様は今あなたが存命だから、拾を立てていますが、もしあなた様が亡くなれば、すぐ領地も没収するしょう。
そして、自分の息子に関白を継がせるでしょう。
秀次様にとって、拾は邪魔なだけの存在ですのよ。
あなた様は、それをわかっていませんわ」

秀吉は私と視線を合わせず、黙って私の言葉に耳を傾けていた。
そして口を開いた。
「秀次の娘と拾を、婚約させる」

そうきたか、と私は思い
「秀吉様の良きように、お任せいたします」

と一旦出した矛(ほこ)を収めた。

秀吉が帰った後、私はこぶしで畳を叩いた。

まだまだ、生ぬるい。
ただ、秀次の娘婿になっただけだ。
彼に娘しかいなければ、まだわかる。
だが、彼に跡継ぎの息子はいる。
拾の婚約は、彼の一族にただ花を添えるだけの役割だ。秀吉の息子なのに、それはありえないだろう!と怒りが収まらず、またドン!と畳を叩いた。

秀吉は拾を得て、どんどん元気になっていった。
自分の地位を何が何でも拾に譲らなければ!という強い思いが、彼を支えていた。それは私も同じ思いだった。

だが私はいつも懸念している。
秀吉がいくら元気になったとは言え、いつ何が起こってもおかしくない年齢だ。
確実に拾に豊臣継承への地位を確立することが最重要だった。
当初、秀吉は時間をかけ秀次から拾へと豊臣を継承するよう模索していた。
それが、拾の婚約だった。

しかしこの婚約の話は、秀次の了承なしに秀吉が勝手に進めていた話だった。秀次はそれはがおもしろくなく、秀吉に疑念を深めた。
彼は拾が生まれてから、自分が関白を追われるのではないか?という不安と怖れが、彼を追い詰めた。そこに持病のぜんそくもひどくなり、心身が消耗していった。

私はその点を鋭くついた。
「やっぱり秀次様は、あなたが亡くなるのを待っているのです。
それでも、あなた様は秀次様にこのまま関白を続けさせるおつもりですか?
それに、そんな身体の弱い関白様でしたら、天下に示しも尽きませんわ」

しかし表面上、秀吉と秀次の仲は安定していた。
文禄3年の2月、秀次は寧々に伴われ、吉野に花見に行った。
寧々にしたら、秀次の気持ちを穏やか落ち着かせる考えがあったのだろう。
吉野で寧々にいさめられたのか、秀次は秀吉におもねる動きを見せていた。

その話を聞いた私は、拾が生まれた時、寧々に言われた言葉を思い出した。
「その子は、豊臣に災いをもたらす」この言葉は呪いのように私の心を突き刺す。

だが、どこの世界に我が子を父親の跡継ぎにさせたくない親がいるというのだろう。

お腹を痛め産んだ我が子がこんなに愛おしい存在という事が、寧々にはわからないだろう。愛する我が子は、我が身に変えてまで守りたい大切な存在だ。その気持ちは私も秀吉も同じだ。

だからこそ、私は秀次を貶める。
正当な豊臣の継承者は、この拾なのだから。
この子こそが、関白の器なのだから。

この頃、秀吉は隠居の地と定めた伏見に居を移そうと計画していた。
私と拾は淀城にいて、秀吉とは別に暮らしていた。
秀次は近くの聚楽第に住んでいる。

ところが隠居の身だった秀吉に拾という嫡男が生まれ、秀吉の勢いが増した。伏見は閑散とした隠居の地ではなくなり、城の周りに大名屋敷も数多く作られ活気が出てきた。
それらの賑わいは秀次に「いつも秀吉に監視されている」という疑いを持たせ、秀次はますます追い詰められていった。彼はもともと感情の起伏が激しく、秀吉の目が自分から拾に移ったことで、精神的に不安定さを増した。

やがて伏見城は完成した。秀吉は私と拾を伏見城に呼び寄せ一緒に暮らそう、と言ってきた。が、私はこう秀吉に伝えた。
「二歳で鶴丸が亡くなったから、今二歳の拾を城から移動させるのは縁起が悪い」と秀吉の願いを退けた。だがこれは表向きの理由だ。

私の本音は・・・
「拾を正式な豊臣の継承者にしなければ、あなたとは一緒に住まない」

表も裏もあるのは、当然だ。

今や私は秀吉の跡継ぎの生母、という立場で秀吉に意見できるようになった。ようやく、ここまでたどり着けた。
拾を産んだことで、私と私の周りの者たちの存在が増したのも知っていた。
それも秀次には脅威だった。

秀次はぜんそくの持病もあり、朝鮮への出陣の予定も取りやめた。
そして、秀次は不安や怖れから逃れるように、側室達と城にこもり、むつみ合っている、という噂が私の耳に入った。

チャンスだ!とばかりに私は秀吉に進言した。

「秀次様は、こんなありさまで本当に関白の器でしょうか?
こんな心身も弱い人に関白を任せて、この国は本当に大丈夫なのですか?」
秀吉は腕を組み、目をつむり考えていた。

よし、あと一押しだ。
そんな予感をとらえた。

そして文禄4年6月、秀次に謀反の疑いが起こった。
この事件をきっかけに秀次は関白を追われ、ついに7月15日、秀次は切腹した。秀次の子どもたちや妻や側室達もほとんど首を切られ、おびただしい血が流された。

確かにむごいことだ。だが一歩翻れば、これは吉亡き後の私と拾いの運命だったかもしれない。だから私は彼らを憐れまない。
いつの世も、知恵と力が強いものが勝つ。

織田を見よ。
浅井を見よ。
織田も浅井も力がなかったから、滅ぼされてしまった。
父も母も、柴田の父も殺された。

だから私は、自分を責めない。
母親として当然のことをしたまでだ。

運は強気なものに味方する。私は二度城を落され両親を失った。そんな私は強い心を育てるしかなかった。どんな手段を使おうとも、強い心でのし上がる。私は空を見上げた。真っ赤な夕焼け空は、これまで流された血のようにも見えた。男が血にまみれた屍を乗り越えるなら、女は屍を乗り越えた男を食べてのし上がる。のし上がってみせる。あたり一面を赤く染めた夕暮れが闇に姿を変えると、夜空に一番星が輝いた。その時なぜか私の目から涙が一筋流れた。

秀吉が秀次を粛清し、拾の豊臣継承が確定した。
秀吉は多くの大名達に拾に忠誠を誓う文書を作り、血判署名させた。それは拾の関白への道の念押しだった。
それを携え、ようやく私と拾は伏見城に移った。私の野望はぐんと前に出た。

翌文禄5年、拾は名を豊臣秀頼に改めた。
やっと私の強い思いが形となり、現実化した。

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