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リーディング小説「お市さんforever」第十二話 その時の欲望、気持ち、すべて正直に生きる自分を許す

その時の欲望、気持ち、すべて正直に生きる自分を許す

兄上の天下統一は、すぐそこまで近づいてきた。
天下統一に向けたワクワクした期待感や躍動感が、春爛漫の時期と相まって城内は活気に満ち満ちあふれていた。
私達は
「久しぶりに遊びに来いよ!
 うまいもん、食わせてやるぜ!」
という兄上の誘いに乗って、親子で遊びに来ていた。

そこで兄上の正室、つまり私にとって義姉の濃姫とこの日久しぶりに顔を合わせた。
「信長様は、やる気満々だわ。
彼がこの日ノ本の国の頂点に立つ日が、いよいよ近づいてきたのね」
高揚した気持ちが顔に出るのか、赤く頬を染め上ずった声で義姉上は言った。日頃冷静な義姉が、このような態度になるのは珍しい。そして義姉上は私達に「ささっ、早くこちらへ」と嬉しそうに手を引いて部屋に招き入れた。

十六歳と十五歳の政略結婚で結ばれた義姉の濃姫と兄。二人に子供はいないが、兄上は義姉上を大切にし、仲が良い。
義姉上も兄上の敵である齋藤道三の娘で、もちろん政略結婚だ。
その頃、私も同じ城内にいた。
城では義姉上がスパイではないか?というウワサもあった。
けれど義姉上は心底兄上を好いていた。

当時、「うつけ」と呼ばれていた兄上のことを一番信じ、一緒に笑っていたのは義姉上だった。
兄上は義姉上の姿が見えなくなると
「帰蝶!帰蝶!はどこだ?」
と小さな子どものように探し回った。

あ、帰蝶、とは義姉上の呼び名ね。
そして義姉上の姿を見つけると
「ふん、そんなところにおったか」
と子どもが母親の前で強がるように、義姉上に偉そうにしていた。

兄上にとって義姉上は、母親のような存在だった。
兄上は長男でありながら、実の母上に疎まれていた。
私達の母上、土田御前は当時「うつけ」と呼ばれた兄上を廃嫡し、弟信勝に跡を継がせようと策略を練っていた。
つまり兄上は、母上から「捨てられた子」だった。
私達、女子は初めから「捨てられた子」。
政略結婚の駒でしかないから、そんな扱いに慣れていた。
ひたすら政略結婚の駒として「高く売られるため」だけに、器量を磨き、美しく装わされた。

でも、兄上は男で跡取りだ。
母親が自分の味方をしてくれない跡目争いで、孤独感を味わった。
そんな時、ずっとそばに寄り添い
「なに、甘ったれたこと言ってんのよ!!」
と激を飛ばし、兄上を奮起させたのは義姉上だった。
私が兄上を慕うのとはまた違う思いで、義姉上は兄上を支え自信を持たせた。

一度見かけたことがある。私を浅井に輿入れされるかどうか、兄上はなかなか決断を出せなかった。私が兄上にその縁談を進めて下さい、と話をしようと兄上の部屋に近づいた時だった。部屋の中からバシン!という音が聞こえ、私はビックリしてふすまの引手にかけた手が止まった。そこから義姉上のこんな声が聞こえてきた。

「お市殿が浅井に嫁ぎ、何かあったらどうしよう?と悩んで落ち込んでいる場合ではございません!ご存じですの?あなた以外、誰がこの日ノ本の国の頂点に立つと思ってらっしゃるの?お市殿なら大丈夫です」どうやら兄上は義姉上に背中を叩かれていたようだった。私はふすまの外に正座し、聞き耳を立てた。
「それに、信長様。あなた様はめちゃくちゃ運がいいんですよ。
えっ、なぜって?
それは、私があなたの妻だからですよ。オホホホ」義姉上の笑い声を聞きながら、私はふすまの外で笑いをこらえお腹が痛くなった。義姉上の気が強くて明るいキャラクターは、兄上のたくさんいる側室達をもひれ伏せさせた。
側室たちを束ねた義姉上が、この城の女主だった。

そんな義姉上にも、悩みがあった。義姉上は夫を失って一月後に私の元に訪ねてきた。私と向かい合ってお茶を飲みながら、娘達が庭で遊ぶ姿を見ていた。その時、ふとこんな言葉をもらした。

「お市殿、私はやっぱり信長様のお子が欲しかった・・・
 なぜ私だけ子ができぬか自分をどれだけ責めたことか。
私に子がいたら、もっと信長様を喜ばせることができただろうに・・・
そう思うと、本当に心苦しい・・・。」義姉上は今にも泣きそうに顔をゆがめて苦しそうに言った。私は義姉上の手を取り、両手で包み込んで言った。

「あのね、義姉上様。
言わせていただきますわね。
もし義姉上様にお子がいたら、義姉上様は兄上よりお子の方に夢中になってよ。
義姉上様の性格からしたら、お子は男子でしょう。
そうしたら、義姉上様は兄上よりお子の方に目が行き、今のように兄上様一筋になれなくてよ。
お子がいないからこそ、今も義姉上様は兄上にずっとずっと恋していられるんです。
お子がいたら、恋なんてすぐ冷めてしまいますわ。
義姉上様は、それが嫌だったよ。
だから、お子を持つことを止めたの。
兄上にずっと恋している方を選んだんです。
私は、それでよかったと思います」私の言葉に義姉上は心底驚いたようで、大きく目と口を開きながら言った。

「そ・・・そうかしら?
でも、あなたは?
あなたはずっと夫の長政さんに恋していたんでしょう?
あんなに可愛い三人の娘を産みながらも、夫を愛していたんでしょう?」

「ええ、そうですわ。
だって、私は愛されるため、愛し続けるために、色々策略を練りましたもの。
恋を愛に変えましたもの。
見えないところで、いろいろ動きましたのよ。
でも義姉上様は、そんなこと苦手でしょう?」私は母親の顔を捨て、女の顔になって義姉上を見た。

「え・・・ええ。
確かに面倒くさいわ・・・」
「でしょう?だからそれでいいんです!!
兄上のように面倒くさい男がすきな義姉上様なんですから!!」
ついに私は言い切ってしまった。義姉上はポカン、とあっけにとられていた。私はそんな義姉上を見て、フフフと笑った。
でも、ほんとうにそうなの。
夫の長政さんは、やりにくい男性ではなかった。
私に惚れていたし、楽だった。掌に載せながら、彼を立てる事ができた。
でも兄上は、正直めんどくさい男だった。
こじらせ男子、というのかしら?
一見、ウジウジしているように見えないけど、実はウジウジしているのよね~。義姉上はまだ首をかしげながらも、穏やかな表情でお茶を飲んでいた。少しは気持ちがスッキリしたようだな、と私達はのどかなティータイムを楽しんだ。

私から見たら、義姉上の方がさっぱりすっきり男前な性格だ。
兄上は小さな男の子が、母親に甘えるように義姉上の前でだけ、グズグズ泣き言を言っていたようだった。兄上は、母上に甘える時間などなかった。
生まれた時から、織田家の跡取りとして厳しく育てられ、それに反発して「うつけもの」を装った。あの姿は、兄上なりの精一杯の反抗で、母上に「それでも愛してほしい」というサインだった。
でもそれを受け取れない母上は、バッサリ兄上を捨て去った。
兄上の心の傷は深く心に突き刺さり、その刃にさいなまれた。
義姉上はその刃を「えいっ!」と引き抜き
「あんた、なにいつまで拗ねてんのよ!
いい加減にしいや!!」
と激を入れ、丸ごとの兄上を受け入れた。だから二人の絆は子供がいなくても固くて太い。

部屋に招き入れ私を座らせた義姉上は、いつもながら凛として美しい。その義姉上がこっそり私のそばに寄り、耳のそばで囁いた。
「最近気になることがあるのですよ」
私はてっきり、、なに?なに?また兄上の浮気?!と思いドキドキした。義姉上は声をひそめ「最近、信長様は明智光秀に冷たく当たっているのです。
 いえ、決して彼の才覚を見下げているわけではありません。
認めているのですが、言葉が足りないのでしょう。あと彼に対してわかっているだろう、という気持ちが強いので、コミュニケーション不足なのでしょう。
どうも殿の気持ちが、光秀に伝わっていない気がするのです」

光秀の名前を聞いた時、胸の奥で黒い雲がムクムクと湧き上がった。
その時、侍女に連れられ娘達が私と義姉上の元に転がるように走ってきた。
「まぁまぁ、三人とも美しくなって!!」
義姉上はこの上もない笑顔になり、三人の娘達を抱きしめるように歓迎した。

「おば様、この着物どう思います?」
「おば様、私背が高くなったでしょう?」
「おば様、金平糖あります?」
三人とも争うように、義姉上に話しかける。
娘達は、義姉上が大すきだ。
義姉上も娘たちを、実の子どものように可愛がっている。
「まぁまぁ、あなた達、いっぺんに話しかけず順番にお話ししなさい。」私は笑いながら、娘達をいさめた。

その時、私の恋の相手がすぅ、と姿を見せた。
彼の私を見る熱い視線に一瞬、母親であることを忘れた子宮がキュン、とうずいた。
娘達が義姉上を囲んでワイワイ話している騒ぎにまぎれ、私が廊下に出ると彼はそっと私に何かを手渡し、頭を下げて去って行った。
私の手の中に、小さく折りたたまれた恋文が残された。
一瞬だけ彼に触れられた手の箇所がやけどでもしたように熱く、ジンジンした。その熱は私の身体を貫き子宮まで届き、生あたたかい蜜を生む。蜜をもらさぬよう私は唇を噛んでこらえた。彼と今夜会える、と思っただけで体中が恋に沸き立った。

だから、私はあの日のさまざまなサインを見逃してしまった。いや、今思えば、何もかも仕組まれた事かもしれない。
影で、信長の懐刀、と言われていた私を抱き込めば、兄上を窮地に落とせる、と知っていた智恵者がいた。
恋した彼は、光秀の部下だった。
だから私はあの日、兄上にこの言葉を言いそびれた。「光秀に気をつけて」と。

でもこの時の私は、この先起こることは何も知らず、脳天気に自分の恋にかまけていた。まるで神様が与えてくれたつかの間のバカンスのように、恋に夢中だった。夜更けに寝床を抜け出し、彼のもとへと走った。彼と身体を重ね、身体をしならせながら蜜を滴らせた。あまりの蜜の量に、恥ずかしくなるほどだった。だから私は自分の身体から、いつまでも蜜は溢れ出すと信じていた。愛は失っても、恋はできる、と信じていた。

あの時の私は今を生きていた。
その時の欲望、気持ち、すべて正直に生きる自分を許す・・・
そう刹那に生きていた。

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