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リーディング小説「生む女~茶々ってば~」第二十三話 すべて自分が望み、引き寄せた現実

すべて自分が望み、引き寄せた現実

慶長19年8月、秀頼は秀吉の17回忌に京都の方広寺で大仏の開眼供養の準備をしていた。
5年の月日をかけ、大仏殿を再建した。
そして4月に出来上がった梵鐘に「国家安康」と記した。それを知った家康が吠えた。「これは家康の名前を分割したもので、豊臣は徳川家康の死を願っている」そう言いがかりをつけた。
家康は秀頼が成長するにつれ、彼に人望が集まるのを怖れていた。
何らかの難癖をつけ、豊臣をつぶすチャンスを狙っていた。それがこの時だった。

もちろん豊臣はそのような意図もなく、徳川と争う気がないことも伝えた。
だが何を言っても、家康は頑として受け入れなかった。
彼が豊臣をつぶしたいのは明白だった。
千姫も母親の江や父の秀忠にも、誤解である、と手紙を書いた。
それでも、家康は聞かなかった。

私はその知らせを聞き、手紙を破り捨て秀頼に向かって言った。
「徳川と戦をするしかないようですね」

秀頼は顔をくもらせ
「なんとか和平への道はないのでしょうか?
戦をすると、たくさんのものが傷ついてしまいます。
千姫も」

千姫の名前を出されイラッとしたが、それを口に出さずで自分の気持ちを押さえながら冷静に秀頼に伝えた。

「私もできれば、戦をしたくありません。
これまでも戦をしないよう十分、徳川には気遣いをしてきたつもりです。
でも、もう無理です。
徳川は我らと戦をしたいのです。
どちらが天下を取るのかハッキリ決めたいのです。
秀頼、もうこのまま逃げ続けることはできません。
あなたが決めるのです。
豊臣は、どうするのか」

秀頼は表情を消し、黙ってうつむいていた。私も無言でじっと彼を見つめた。やがて秀頼は決意したように顔を上げ、キッパリ言った。
「仕方ありません。
徳川と戦をしましょう。
私は豊臣の跡継ぎとして、みなを守らなければなりません」

そう告げた秀頼の顔はとても凛々しかったが、一瞬彼が人ではなく陽炎のように見え、ゾッとした。戦に向かう男は、ふつう気迫や戦闘に向かうエネルギーを身体中にみなぎらせ、自分を鼓舞する。だが秀頼に激しいパワーはなく、命の残り火を燃やしているだけの儚いオーラだけを纏っているようだった。私は必死に、そんなはずがない、と自分の見た姿を打ち消した。だが身体の震えが止まらなかった。一瞬かいま見た彼は、死を覚悟しこの世に別れを告げた人のようだった。秀頼の宣戦布告は、自らの命の綱を解き放った死へのカウントダウンのスタートだった。

私は豊臣の中枢にいる治長を呼び、秀頼の意志を伝えた。
「治長、豊臣は徳川と戦をすることにしました」

開戦の知らせを聞いた治長はしごく当然、という顔をしてた。

「淀様、豊臣は徳川と戦をして勝ちましょう。
これ以上、徳川の思い通りにさせてはいけません」

「治長、我らは秀頼を守らねばなりません」
治長は、胸を衝かれたような顔になった。
「豊臣を守るのですね」

「そうです。
豊臣を守ることが、秀頼を守ることです」

この言葉を告げただけで、治長はすべてを悟った。
豊臣が徳川に勝利することが私達の息子、秀頼の命を守ることだ、と。治長は私の横にいる秀頼の顔を一瞬見た後、私の顔を見た。しばらくの間、私達は無言で見つめ合った。私はじっと治長を見つめた。

私と治長が力を合わせ秀頼をこの世に生み出したように、その命を治長と力を合わせ守り抜くのが、私の使命だ。
それがあの子の命を産み出し、この世に呼び出した私達の責任だ。

私と治長の絡み合った視線は、バチバチと火花が散るように強かった。彼は私の目線から一瞬たりとも目を離さず、私の思いを受け取った。私は治長から目を離さず口を開いた。

「で、治長、どのような作戦を取るのだ?」

「淀様、豊臣の兵より徳川の兵の方が多く、徳川が圧倒的に有利です。
大阪城は、守りに優れている城です。
ですから、大阪城で籠城し城を守りながら、徳川の敵を蹴散らしましょう」

「籠城?
こちらから攻めて行かなくてもいいのか?」
「大丈夫です。
秀頼様は、ここから我らに指令を出していただきます。
この大阪城が秀頼様をお守りします」

「わかった。
秀頼、それでよいか?」

私は秀頼に尋ねた。
だが関ヶ原に参加していない秀頼は、これが初めての戦だ。
いいも悪いも分かるはずもなく、治長に従うしかない。
秀頼は黙ってうなづいた。

これをきっかけに始まった大阪の陣の最中、私は何度も
「あの時、なんとか戦を避ける方法はなかったのだろうか?」
と考えた。けれど答えはノーだった。豊臣に残された道は戦だけだった。

そして私は知っていた。戦へと向かう大きな流れに一度巻き込まれたら、人の小さな意志など何の役にも立たない。
私はそれを二度も経験した。
本当に私達は、ちっぽけな存在だ。
秀頼を産む前は、揺るぎない地位が欲しい、と望んで手に入れた。
でも、揺るぎない地位は戦って手に入れるものだった。
秀頼を産む時に戦ったように、今度は秀頼を生かす為に戦わねばならない。

治長が立ち去る姿を見送り、秀頼の方を向いた。彼はどんな感情も消し去ったぼんやりした顔で、肩を落としていた。そんな彼を見て私の心は罪悪感に襲われた。
もしかしたらあの子はこの世に呼び出されるのではなく、あのまま違う星で過ごしていた方が幸せだったかもしれない。
けれど彼を呼び出しが私が、あの子を戦へと導かせてしまった。

秀頼はじっとしたまま動こうとしない。私はそれ以上秀頼を見ているのが辛くて、目を閉じた。

それでも私は、あの子に会いたかった。
どうしても、会いたかった。
この手に抱きしめたかった。

ならば尚のこと、秀頼を守らなければ!
あの子を生かすために徳川に勝利せねば。

知らず知らずの内、私は両手をグッと握り締めていた。

戦に至る大きな流れは、木の葉のような一個人の思いなど飲み込み、滔々と大河に向かって突き進む。

大阪城は戦に向かい、緊迫した空気が流れた。

私は打倒徳川を押し立てながら、今一つ映画でも見るように現実感のなさを感じた。自分がそのドラマの中心人物だと思えなかった。遠い世界の出来事のように俯瞰して今の自分を見ていた。

けれどこの時の私は徳川が敵で、自分は被害者だと思い込んでいた。自分の真実の気持ちを知ったのは、もっと後だ。
すべて自分が望み、引き寄せた現実だった。
なんのために?

この答えは、最後にわかった。
わかった時、自分がこの流れを引き寄せた本当の意味を知った。

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したたかに生き愛を生むガイドブック

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