リーディング小説「お市さんforever」第一話 誰のせいにもしない勇気の持ち方
誰のせいにもしない勇気の持ち方
「どうして兄上は・・・」
ようやく梅がほころび始めた庭を眺めていた私は、つい口に出した。ようやく春が近づいてきた、というのに何なの?小言の一つも言いたくなるわ、とはぁ~と一つ大きなため息をついた。
「大丈夫ですか?お市様」
そばに控えていた侍女は、心配そうに私の顔をのぞき込んだ。彼女は先月新しく入ったばかりの十五の娘だ。まだ独り言が多く、すぐ自分の世界に入り込む私の対処法を知らない。
「気にしないで!」
と不機嫌に答たが、すぐに
「大丈夫よ」
と微笑んだ。彼女は自分が私を不機嫌にしたわけではないと知り、ほっと顔をゆるめた
私は笑顔とは裏腹に、心の中でイライラしていた。梅がなによ!春がなによ!兄上、ていうか・・・・・・本当に男は勝手よ!一体、女を何だと思ってらっしゃるのかしら?
このご時世、仕方がないことだと頭では納得しているけど、ほんと、腹が立つったらありゃしない!!
今はまだ固い梅の蕾は、もうしばらくすると甘酸っぱい香りを漂わせ、可憐な花を咲かせ皆の目を楽しませるだろう。男は女はそんな存在でいい、と思っているのだろう。私は固い梅の蕾より、堂々と胸を張るように手を広げている松に心を惹かれた。
昨夜の大雨でぬれた大きな緑の松は、朝の太陽の光を気持ちよさそうに浴びていた。光はしっとり水を含んだ緑の葉に反射し、キラキラと輝いていた。その姿はとても潔い。
目線を上に向けると、昨夜の雨が嘘のように気持ちよく澄んだ青空が天高く広がっていた。
私は立ったまま左手をあごの下に置き、首をかしげて考えた。
雨さえもずっと降り続く、てことはないワケよね。
いつかは、晴れる。
この戦国時代、どこかに政略結婚で嫁つがされるのは決まってる。
なら、一番条件のいい所が、良くない?!
私は立ち続けているのもしんどくなり、その場に座り込んだ。侍女は急に私が無言で座り込んだのでビックリしていた。私は彼女が怯えない程度に、さっきより笑みを深めた顔を向けた。
そうよ、考え方次第なの。今、兄上は上り調子だもん。
それなりにいい条件、出せる立場なのよ。
浅井家の後妻。
すでに子どもも、いるのよね?
しかも、男子?!
いつの間にか私を腕を組んでいた。乳母にはいつも「姫様!おなごのくせにはしたない!」と叱られたポーズだった。でも侍女は私に何も言わないからそれをいいことに、腕組みをしたまま庭の松を眺め思考を深めた。
あ、待って!それなら私、男子産まなくてもいいんじゃない?!
跡継ぎ産め産めプレッシャーなしだから、堂々と女子も産めるし。
やっぱり後々、話し相手になるから、女の子欲しいわ。
これってある意味、ラッキーかも?!
この時代、いえ、女が嫁ぐというのは、家を継承するため後継ぎである男子を産むことが、ほぼ義務化される。男子を産めない妻は低く見られ、側室に男子を産ますという屈辱を味わされる。だけどこの縁談に限って、すでにそんな事態を免れている。だから男子を産まなくても、私は女主(おんなあるじ)として、堂々としていられるんじゃない?!
正攻法だけがいい、とは限らない。私は自分が生きやすい道を選ぶわ。
そう心を決め、私は立ち上がった。いきなり無言のまま立ち上がった私に侍女がびくり、と肩を揺らせた。私は彼女の方を向き
「さぁ、行きましょう!」
と叫んだ。
「あのう、お市様・・・・・・どちらに行かれるのでしょう?」
彼女が私の顔色を窺うように、小さな声で尋ねた。私は心からの笑顔を浮かべて元気よく言った。
「兄上のところよ!」
今、私に縁談が持ち上がっている。でも私の縁談に、なかなか首を縦に振らないのが、兄の織田信長。私は十三歳離れた破天荒な兄が大好き。だけどこの兄が、私の縁談を渋っているの。理由はかんたん。兄上ったら、仲のイイわたしを嫁に行かせるのがイヤだから、超不機嫌なの。家臣達もビクビクしながら兄上の機嫌を取り、私の縁談話はストップしている。
私は兄上のところに向かって歩く足を速めた。侍女は小走りになりながら、一生懸命私の後をついてくる。
私は着物の裾を翻し、長い廊下をスタスタ歩く。
女は誰に嫁ぐか、で運命は変わる。だからこそ、私はあれこれ考えた。織田の置かれている立場と兄上の性格を把握した。そして見つけたのが、浅井家との縁談だった。私はそっと影から家来達を使い、上手に兄上に提案させた。
「織田家と浅井家が同盟を結ぶと、戦いに優位になります。
そのために、お市様を浅井家の継室(後妻)に!」
てね。いくら戦国時代の政略結婚と言っても、自分の身の振り方は自分で決めるわよ。
私の人生だもの。
しなやかに生きなきゃ!
私はいったん立ち止まり着物の裾をなおし、深呼吸をして息を整えた。深呼吸をすると、気持ちはリセットされる。
浅井に嫁いだからどうなるか、なんてわからない。
未来のことなんて、誰にもわからない。
でも、私は自分で自分の未来を決めた。
今の環境の中で自分にとってベストな選択はこれだ、と決めたの。あとは、そうなるよう道を拓くだけ!
それが、どんな結果になるかやってみなくては、わからない。
たとえ、どうなったとしても・・・・・・
自分が決めたのだから、自分以外の誰かの責任になんて、したくない!
兄上の部屋の前まで来て、私は胸元にすっと指をすべらせ着物の襟を整えた。女はたくらみを秘めている時ほど、胸を美しく見せるの。
私は、自分で決断できない兄上に直訴する、という形を取ることにした。だけど表では、しっかり兄上を立てておくの。
「兄上と織田家のために、浅井に嫁ぎます。」
と私は健気に兄上をうるうるした瞳で見つめ、言うでしょう。
「これまで大切にしていただき、ありがとうございました」と笑顔で言って、頭も下げるでしょう。
でも本音は、兄上に大切にしてもらってありがたかったけど、早く嫁ぎたいわ。だって私はもう21歳なの。早ければ、周りは10歳を待たずに嫁に行ってるのに、もういい加減嫁に行って良くない?!
だから、私はこう言うの。
「私が浅井に嫁に行けば織田と浅井は同盟を組めるから、兄上もお得です!大好きな兄上のためにも、市は嫁に参ります」
兄上はこの縁談が、私を人質に近い立場に置くことを知っていて悩んでいた。私が直訴することで、兄上は苦虫を噛んだような顔で仕方ない、と縁談を決断するでしょう。
心を決めた私は、とっておきの兄上が大好きな華やかな笑顔を作った。兄の前に進もうとする私の背中は、太陽のあたたかい光に抱きしめられていた。その光に後押しされるよう、一歩ずつゆっくり兄のところに進んだ。
私はこうやって、自分で未来への道を歩いている。
すべて私が、決めたこと。
自分以外の誰に、決められたワケじゃない。
だから、私は自分の選択がどうなったとしても、後悔なんてしない!
まだ心を決めかねている兄の顔がずんずん近づいてくる。
大丈夫、私はきっとうまくやるわ。胸がドキドキする。たくらみを守り刀のように胸に潜め、私は頭を下げ兄に近寄った。
自分以外の誰のせいにもしない勇気
三ヶ月後私はそれを胸に、浅井家に嫁いでいった。
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しなやかに生きて幸せになるガイドブック
あなたは自分で決めたことに、責任を持っている?
自分で決めたことで望む成果が出ていないのを、自分以外の誰かにせいにしていない?
決める、てすごいパワーと覚悟がいるの。
だけど、その決めたことで一歩を踏み出せる。
決めた自分を、ほめてあげて。
その時、望む結果が出なくてもやり続けることでちゃんと結果は出てくる。
自分以外の誰のせいにもしない勇気を持つこと。
それが、女性のしなやかさ。
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