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カラフル

 君を忘れていた。

 窮屈な満員電車の端、優先席の前に懐かしい横顔を見つけた。ここからじゃ顔しか見えないけど、高校時代の友人、というか当時は親友だと思っていた奴。多分、お互いに。顔を見たのが久々すぎて、普段そう呼んだこともないのに「君」とか使ってしまった。

 いつぶりだろう。たしか、高校を卒業して、自分が地方の大学に行ったきり会ってないよな。数年前に社会人になって関東に戻ってきたけど、まさか縁もゆかりもない都内であいつに出会うなんて。

 声をかけたいけど動けない混み具合。次の駅に着くまで待とう。遠目にもう一度あいつの顔を見ると、ふとあの頃の記憶がフラッシュバックする。そういや、ほぼ毎日一緒にいたな。

 奇跡的に3年間同じクラス。部活は二人とも帰宅部。途中まで一緒の自転車での帰り道、分岐点のコンビニが溜まり場だった。ブタメンとチョコバット2本食べて、くだらないこと話して、スマホゲームして、帰る。それが他に予定のない日のお決まりのパターンだった。

 連鎖するように高校生活の記憶が溢れ出してくる。あれもしたな、これもしたな、あんなこともあったな、こんなことは…あったかな。

 大学在学中にスマホがぶっ壊れて連絡先と一緒に全部消えてしまったかと思っていた思い出。なんとか消えずにギリギリセピア色か白黒で残っていたのか。

 あ、そうだそうだ。そういえばあいつと漫才コンビを組んで文化祭で披露したな。たしかネタはおれが書いた。静まり返った体育館の客席の映像とともに、懸命に書いたネタの冒頭がよみがえってくる。

「どーも!カラフルでーす」
「突然だけどさ、俺陸上選手になりたいんだよね」
「随分急だな」
「いや球は使わないよ、陸上だから」
「そっちの球じゃねえよ」
「種目は砲丸投げ」
「微妙なとこじゃねぇか」
「だからさー、あなたTシャツやってもらっていい?」
「ええ、俺Tシャツ!?」
「そうそう」
「せ、せめて砲丸とかじゃないんだ。じゃあせっかくだから好きな黄色でもいい?」
「色は任せるよ。どうせ破くから」
「え、破くの!?」
「うん、こうやって」ビリビリする仕草
「痛い痛い痛い」
「何それ?」
「え、あ、俺Tシャツ役だから」
「いや、Tシャツは喋らないでしょ」
「それ、俺いる?」


 微妙だった。 

 もちろん結果も悲惨なものだった。滑りまくった。我らカラフルはその日に解散した。あれは散々な経験だった。

 でも、でもだぞ。そんな散々な思い出が、今おれをとてつもなく笑わせようとしている。あれほど不快だった満員電車で、人生で一番ってくらい笑いを堪えている。

 最悪な思い出が、たった時間が過ぎただけで、なんか宝物みたいになることもあるんだな。

 電車が駅に着いて、人がゾロゾロと移動を始めた。おれはその隙にあいつがいる方に向かっていく。居た。目の前の席が空いたけど、隣にいた人に譲ってる。やっぱりあいつ、いい奴だな。

 やっとそばに来て、「よお」と声を掛けようとして、改めて顔を見る。

 別人だった。

 挨拶用に上げた手でそのまま吊り革を掴む。こいつ、近くで見たら全然違うやん。何やってんの、おれ。また笑いが込み上げてくる。今度は阿呆な自分に。

 でも、おかげで思い出に色がついた。

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