X先生の塾日誌
vol,1 未知との遭遇
ある日、不思議な同僚ができた。
僕は街の小さな塾の一講師。昨日、教室長が「講師不足を救う新しい先生だよ」と連れてきたのは、ちょっと銀色に光っている宇宙人だった。
「彼は毎日シフトに入れるらしいから助かるよ」と教室長は笑っていたが、なんだか色んなことが間違っている気がする。
まさかここから地球侵略を始める気では…と疑惑の目を向ける僕に気付いたのか、宇宙人がこちらに寄ってきて言った。
「不慣れなことが多くご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、ご指導ご鞭撻のほどどうぞよろしくお願い致します。私、地球に来るのが夢だったんです」
良い奴だった。
いやいや、騙されちゃいけない。そもそもの話、地球自体に不慣れな宇宙人が小中高校生たちに教科指導できるのだろうか。
「地球に来て猛勉強をして中学高校内容はすべて頭に入れてきました。指導という面ではまだ不安がありましたが、教室長に模擬授業させていただき合格できました」「彼、個別指導も集団指導も教えるの超上手いのよ」
超有能だった。
いやいや、騙されちゃいけない。たとえ仕事が素晴らしくできるとしても、塾というのはサービス業であって、お客様に受け入れられなければ意味がない。
「そうそう、早速宣伝したら【宇宙人に教えてもらえる塾】ということで入塾申し込みの長蛇の列ができてさ。今日私面談忙しいから授業頼むね」と教室長が笑った。
大盛況だった。
かくして、宇宙人と僕らの塾での日々が始まった。
vol,2 インデペンデンスデイ
「本日は当塾の開校記念日です。そもそも当塾は…」
ミーティングで教室長が講師たちに向けて塾の歴史を語っている。毎年のことだ。でも今年はその講師たちの中に宇宙人がいる。はたから見たら異様な光景である。
でも、人間とは慣れるもので、一ヶ月もしたら僕らも生徒たちもすっかり宇宙人のいる教室に馴染んでいた。
子どもたちはすっかり宇宙人先生がお気に入りになって、どんどん質問に来る。
宇宙人先生は教えるのも上手いけど、モチベーションを上げるような言葉掛けも上手くて、生徒をその気にさせる。おかげで教室も盛り上がっている。
今日もいつもは自習になんて来たことがない生徒が授業前に自習に来た。どちらかといえば勉強が苦手な生徒だ。
「お、珍しいじゃん。お母さんに言われて自習に来たか?偉い偉い」と講師の一人が声を掛けると、彼は照れくさそうに言った。
「あの、その…自分で、来た」
人が変わっていく瞬間を見ることができる、このお仕事が僕は好きだ。宇宙人先生がその子と目線を合わせてにこやかに言った。
「では、今日は初めて自分から自習に来た記念日ですね」
思いもかけない言葉をもらった生徒が少し驚いている。宇宙人先生が優しい口調で言葉を足していく。
「ちょうど今日はこの塾の記念日でもあるんです。私たち塾の先生というのは、人が頑張る姿を見るとハッピーになれるんです。あなたのおかげで、今日という日がより素敵な日になりました」
生徒はすごく嬉しそうな顔をして、その後の勉強にも気合いが入っていた。
vol,3 メンインブラック
「ある星で道に迷いました。その星は真っ暗でひとつの灯りもなく、頼りになるのは自分が持っている懐中電灯だけ。水も食料もすでに尽きていました。私は不安でいっぱいでした。心も折れかけました」
宇宙人先生の授業中の雑談は人気だ。ちょうど良いタイミングで挟むから、生徒たちの切れかかった集中力も戻ってくる。今日はある星での冒険について話しているらしい。
「その時先生はどうしたの?」
「とにかく次の一歩に集中しました。次の一歩を踏み出せたら、そのまた次の一歩。他のことは考えませんでした。怖さや絶望が大きいと、抱えきれず足が止まってしまいますからね。とにかく今目の前の一歩に集中です」
生徒たちが固唾を飲んで次の言葉を待つ。
「どれくらい歩いたでしょう。私は自分の宇宙船に戻ってきていました。後から地図で確認すると、私が歩んできたのは途方もない距離の道のりでした。私は思いました。もし、あの時あの状態の私がこの道のりの長さを知ったら、ここまで辿り着けていなかったかもしれないと」
「何かの教訓になりそうですね」と生徒の一人が絶妙な相槌をうつ。
「そうですね。ここから何かを学ぶとすれば、困難なときは目の前のことに集中することということでしょうか。ただ、そもそも真っ暗闇の中では出歩かないのが一番です」
生徒たちが笑ったのを見計らって、宇宙人先生は今日の授業のまとめに入る。授業後には、ある生徒の三者面談でこんな話をしていた。
「なるほど、なるほど。オンライン自習室に入ってもすぐ寝ちゃうと。それをお母様が叱って喧嘩になると」
保護者の悩みは、本人が全然勉強しない、塾から言われてオンライン自習室に入ってもすぐ寝ちゃうし、そもそもオンライン自習室に入るのも続かないというものだった。宇宙人先生は保護者の方の話を一通り聞いた後、生徒の方を向いて訊いた。
「私はまだ地球に来たばかりでわからないこともあるんだけど、オンライン自習室に入るのってけっこう難しいのですか?」
生徒はそんなに考えもせず答える。
「簡単。スマホのボタン押すだけ」
そうかそうか、という感じで宇宙人先生は前のめりになる。生徒がグッと固くなったところで、宇宙人先生は笑顔になってこう続けた。
「でしたら、まずは1週間それだけを続けてみるのはどうでしょう?オンライン自習室に入ったら、すぐ寝てもいいです。お菓子を食べても、ゲームをしても、踊っていても構いません。何をしてもいいんです。だけど、とにかく、絶対に、決めた時間にオンラインで私に会いに来てください」
お母様は少し驚いていたけど、一番驚いていたのは生徒本人だった。どうせ怒られるでしょと思っていたタイミングでその言葉だったから。
「まずはそれを一週間。どうでしょうか?」
「…本当にそれだけでいいの?」
「本当にそれだけで大丈夫です。宇宙人は嘘をつきません。お母様もとりあえずはこれでお願いできますか?」
本人と保護者の了承を得て、とりあえずの一週間が始まった。そして、1週間後。そのミッションを無事に続けられた生徒に、宇宙人先生はこんな話をした。
「1週間達成おめでとう!いやー素晴らしい!何事も続けるのが一番難しいですからね。意外とハードだったと思うんですが、どうでしたか?」
「勉強じゃなくてもいいって思えたら、ちょっと楽に入れた」
「入り続けるだけでも大変なのに、その上勉強するのはちょっと負荷が強すぎますよね。でも、寝ててもいいよって言ったのに、ちょっとは勉強してたじゃないですか」
「それぐらいは」
「いやいや、それってすごいことですよ。なんでもね、今までやってなかったことをやるのってすごく難しいことなんです。だから、続けた自分をまずは褒めてあげてください。しかも、あなたは次のレベルまで自分でいけた。だから、ちゃんと自分を認めてあげてくださいね。よく頑張りました」
「…うん」
「さて、どうしましょう?次のレベルを目指しますか?それともこのままのレベルをもう一回続けてみますか?」
「…レベル上げる」
「では、オンライン自習室に入って、そこで勉強してみることにチャレンジしてみましょう」
「うん」
その後、その生徒はオンライン自習室の常連になって、少しずつ成績も上がっていった。宇宙人先生は今も毎週彼にレベル上げの課題を渡している。
つづく
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