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心音



短歌

まぶしさに 眩む目滲んだ日常に 空の心に注ぐ街並み



朝起きてカーテンを開ける。まばゆい光が私を突き刺す。

何にも世界は変わっていなくて、それを喜んでいいのか悲しみたいのかもわからなくなった。

ぼんやりと頭の中に毎日好きで聴いていた音楽を流す。いつもの日常だと言い聞かせても、そのはずなのに、今日はそれが遠く響いて、うまく心に入ってくれない。昨日の出来事は嘘でも夢でもないことを、心臓が覚えていて、泣くことも笑うことも、私のもとにやってきてはくれない。

やさしさが手をすり抜けてしまうような、私が私を包み込めないから、音楽と会話できてない。これからこの曲を聴くたびに、それまでのようにただ笑ってきけないこと、動けなくなってしまうんじゃないかと怖くて、その歌を私はまだ穏やかに聴くことができない。

窓の外から、車の音がやけに大きく聞こえる、気がした。

心は空っぽだから、ゆっくりといろんな音を注ぐ

雑踏も音楽も何もかも、ひどく無機質なようで、たぶん私がそう勝手に感じて、世界に取り残されたような、感情を整理できないような、馬鹿みたいな作り話ならよかった。

どうせこの気持ちもすぐに忘れてしまう、薄情者の自分もここにいることをどこかでわかって、虚しくなってしまうから、今だけでも忘れたくなくて、ゆっくりと明るい昼下がりの道を眺めた。
この気持ちは本当だって、否定したくはないからここにあるとたしかめるように、空をみた。まっさらな青い空は何も答えてはくれないけど、それでも私は生きてるんだと思い出させられる。

忘れていても覚えていたいなんて、綺麗事かもしれないけど、せめて歌にしてやろうと思った。何でもかんでもこうして、言葉に残すのは私のためで、いたんだり、できているわけではない、自己満足かもしれなくても、一生残ればいいなと思う。勝手な思いでも、いつか何かに繋がればいい、て天に祈るように、私は今日もこの気持をはなさずに歩きたいと思っている。



※大学生の時、授業の課題として創作した短歌です。
友人が卒業制作で一緒に短歌を載せないかと誘ってくれた際、コメント(解説のようなもの)もつけてみたものを、そのまま投稿してみました。

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