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染まる季節に、恋をする

夏が終わる。


この季節になると、私はいつかの夏にBARで出会った、顔も名前ももう覚えていないお兄さんのある言葉を思い出す。


「ねえ、どうして秋だけは”深まる”って表現するんだろうね」

確かに、春や夏や冬を”深まる”と表現することはない。



最近夏の匂いがしなくなった。秋の香りがする。
私にとっての秋の香りは金木犀の甘ったるい香りではない。
どこか空気が澄んでいて、その冷たさにずっと身を任せていたいような、透明な香りだ。
建物に指す夕日の色からは暑苦しさが抜けて、どこか寂しさを帯びている。


なぜ秋だけは深まるのか。
それは、秋だけは季節の変化をじわじわと体感できるからではなかろうか。
いつの間にかその季節になっているのではない。
私たちはこの季節を視覚や嗅覚で感じ、また、夏に置いてきてしまった後悔ややるせなさを抱えたまま秋を迎える。


夏の夜の肌にこべりつくような暑さが肌寒さに変わった。
「今年は夏らしいことできなかったな」なんて思いながら夜道を歩く。
別に”夏らしいこと”ではしゃげるような人間でもないのに、なんとなくやり残した感があるのはなぜだろう。
他愛のないことを話しながら夜道を歩いてくれるのは、来年も同じ人だろうか。
幸せな夏の夜のフォルダに、次の夏も上書きできたらいいのに。


日本の秋は短い。
よく見ておかないとあっという間にどこかへ行ってしまう。


私は秋が好きだ。儚いものは美しい。季節も、人も。
目を離したらいなくなってしまいそうなあなたに、私は恋をしている。


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