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【映画】ブコウスキー・オールド・パンク


ブコウスキーの生涯を追ったドキュメンタリー

 チャールズ・ブコウスキーと言えば酒、女、ギャンブルに溺れながら美しく逞しく優しい作品を多く残した詩人として名を知られているわけなのだが、作品の映画化にしろ、彼自身の姿にしろ、とにかく映像が多く残っている。わりと最近の作家だからというのもあるが、この武骨な無頼漢が人間としていかに愛されていたのか、それを証明するようなドキュメンタリー作品がこの「ブコウスキー・オールド・パンク(原題/Bukowski:Born Into This)」である。

ブコウスキー・オールド・パンク

作風の根源

 日本流に言えば「飲む・打つ・買う」というダメ人間の典型を全く地で言っているようなこの詩人は、アメリカの庶民、それもどちらかと言えば底辺で足掻いている人々の暮らしや心情を深く掘り下げ、しかしそれを表面上のきれいな言葉で包むのではなく逆に抉り出し曝け出すことで、寄り添っていくような作風の小説家でもある彼の根源には、幼少期の虐待体験や、容姿のコンプレックスがある。
 この点に関しては作中でも繰り返し表現されるし、後半には彼の口から語られるシーンもある。
 彼はそのおぞましく鮮明な記憶を、淡々と語る。

愛し愛された無頼漢

 また彼の小説に登場する彼の分身たちが単なる想像の産物ではなく、極めて真実に近い彼自身を投影していることが良くわかる。
 インタビューを受けながら、パートナーの女性と口論になり、やがて罵りながら蹴り飛ばすようなシーンも収録されているが、彼女はブコウスキーの死の瞬間にも立ち会い、ラスト近くで言葉に詰まりながらその時の様子を語っている。
 ブコウスキーもこの女性、リンダを愛し、彼女が去った後に書いた詩を読みながら涙を流す場面も残っている。
 要するに、どんなに悪態を吐こうと、どんなに罵声を浴びせあったとしても、その時々に真剣勝負で女を愛し、また彼に愛された女は真っ向からそれを受け止めて愛し返していたのだろうと思える。

 作中ではU2のボノやトム・ウェイツ、そしてショーン・ペンがブコウスキーについて語り、ボノとウェイツは詩の朗読もする。ボノもトム・ウェイツも現ロック界において詩人としても知られるが、やはり彼らが歌詞で表現することもブコウスキーと通底している。
 上っ面の悲しみや安直な慰めではなく、まず苦しみや悲しみを心の奥深くから曝け出し、それを認め、そこから這い上がろうとする姿勢に寄り添って背中を押す。
 天上から見下ろしているのではなく、一緒に地べたを這いつくばる視線。
 庶民のリアリティはそうすることでしか表現できないのだ。
 だからそこを最も深く掘り下げた詩人であるブコウスキーに対して最高のリスペクトを捧げているのだと思う。

真剣でまじめな本性

 たしかに朗読会の映像などでは、わざと下品な言葉を使ったり、反抗的な態度を見せたりはしているがどうもそれはパフォーマンス的な部分、サービスの部分もあった様に見える。
 そういった彼の姿を見て観客は笑い、声を上げる。詩の朗読会と言うよりは、ロックミュージックのライブを観ているようである。

 だが、逆に彼が怒りを静かに表現するシーンがある。
 とあるインタビューでワイン片手に応じているのだが、インタビュアーは明らかにブコウスキーを挑発している。彼の女性に対する姿勢を侮辱するような発言をする。
 ブコウスキーはこの時特に声を荒げるわけでもなく暴力を振るうわけでもないが、静かな口調でこれに真っ向から反論する。
 本当に失望させられた相手に対して、それ以上心を開かず、また相手の下卑た思惑を打ち砕くには静かに自らのペースに引き込む方が得策なのだ。
 いくら酔っぱらっていても、いや酔っているからこそかもしれないが、このような彼の姿はとてつもなくクールでかっこいい。

原題「Bukowski:Born Into This」

存在そのものが詩のようだ

 この作品にはブコウスキーのファンにとって垂涎の映像資料が満載になっている。
 彼の動き、佇まい、表情。
 そして声と口調。
 特に彼が朗読以外に喋る場面での口調、もうこれが唄うように、リズムに乗っていてまさにスポークン・ワードの世界なのだ。
 彼は全存在で詩を奏でていた。
 まさに
「Born Into This」
ということだ。


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