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いつかのわたしへ

【あの頃のわたしへ】
拝啓 お元気ですか?
今、あなたは世界中の不幸を背負ったような顔をして、周りのみんなや世の中を恨んでいるのでしょうね。生まれて来たことを悔やみ、他人との争いに打ちひしがれて、自分自身の能力の無さに絶望し、何をしても上手く行かず、分かってくれない両親を憎み、学校を憎み、人とは触れ合わず、心を閉ざしてましたね。
いろんな事から逃げてばかりで、部屋に閉じ籠ったり、学校には行かずに人気のない公園の誰も見えないコンクリートの遊具の中に身を潜め、ただ時の過ぎるのをじっと待っていた。あのときの雨は冷たかったね。人の言葉はいつでも刃の様にあなたの心を引き裂いてしまいましたね。
今あなたに強くなりなさいと言っても無駄な事はよく分かっています。何故ならあなたは昔のわたしだから。あなたは自分のことさえ勇気のない臆病者だと自覚してました。それは返って良かったと思います。もしあなたにどうなってもいいなんて、自棄(やけ)っぱちな気持ちが少しでもあったら、取り返しのつかない事をしてしまっていたかも知れません。
今は小さくなって、心を閉ざしたままでもいいから、雨の止むのを待ちなさい。未来が変わるなんて思わないでしょうが、静かに時は流れてやがて胸の痛みも手首の傷跡も消えてしまいます。胸ポケットに隠したナイフは間違っても取り出さないでください。
わたしはあなたが本当は心の優しい、平和なことを愛するどこにでもいる普通の女の子であることを知っています。まだあなたは幼い、強くもなれない、世間がどんなものであるのか、それすら分かっていない。知らないことばかりです。けれど、世の中には、今のあなたが知らないだけで、ずっとずっと素晴らしくて素敵な物事だってたくさん溢れ返っているのです。そしてあなたもいつかはそれに気が付くその日がやって来ます。
だから、今はそこにいて、時が経つのを待ちましょう。雨は降ったり止んだりします。良い事と悪い事は波のように交互に寄せては引いて行きます。
何を失くしても取り戻せる日が来るけれど、未来だけは消さないで、自分の生命だけは大切に守ってください。これだけは約束です。いつでもわたしがあなたの側に寄り添っていること、忘れないで。

【未来のわたしへ】
拝啓、お元気ですか?
今あなたはどこでどうしてますか? かつて夢見たしあわせを少しは手にすることが出来たのでしょうか? 生きていますか?
未来のわたしは今のわたしには想像すら出来ない世界の中にいる訳なので、何をどう言えば良いのか正直よく分かりません。ただ何がどうなったとしても愛すべき家族に囲まれて、親しいお友達にも恵まれて、毎日を愉快に楽しく過ごして行きたい、そんな日々を今のわたしは夢見ています。
文章を書くことが好きで小説や詩を書き始めたわたし。それはまだ変わっていないと思います。もし忘れてしまっているとしたら、もう一度思い返して欲しいです。作品を創ることで自分の真実の心と向き合い、感性が磨かれ、考えや夢を少しずつ形に表すことが出来る。詩や小説はわたし自身のために書いているのです。そこにいるあなた。そうです未来のわたしのために、今わたしはこうしていくつもの文章を織りなして言葉を紡いでいるのです。
気に入った作品はありましたか? 決して満足はしていないでしょう。他人と比べないでください。これらはあなたのために書かれた、世界でたったひとつのわたしの物語なのです。そして、そのことをこれからもずっと続けて欲しい。それが出来る環境であって欲しい。そういう生き方が出来る世の中であることを心から祈っています。
どうか素直に歳を重ねて行ってください。素敵でなくてもいい。可愛いおばあちゃまね、なんて言われてみたい。いつかは歳をとってお別れを言わねばならない日が来ることでしょう。生きている限り死が訪れることは避けようがないのです。その時に、ああ今日まで生きて来られて良かったなと、心から言える人生でありたい。そんな将来を夢見て、未来のわたしが生きていられることを願ってやみません。

【今のわたしへ】
あなたは今、とってもしあわせな時間を過ごしています。大変な世の中になって生活や健康について、あるいは仕事や恋愛について、随分不安な気持ちに苛まれてると思います。
けれど、一方であなたの周りにはたくさんの才能に溢れる人々が、こうしてあなたに刺激や衝撃を与えてくださっています。あなたの人生でこんなことはそうそう訪れるものではありません。
最近あなたは、人生は無意味だと言って自死した青年の物語を読みましたね。かつてある人が呟いた『人生は死ぬまでの暇つぶし』という言葉が胸の奥で響いていることでしょう。
そして、無意味であるから、暇つぶしであるからこそ、有意義に過ごしてみたいなんて思っていますね。
それはあなたが何かを感じられる人間だからです。
朝露に濡れた草花が朝の光を浴びて生命の輝きを誇らし気に見せるように、草原を吹き渡る風があなたの髪を揺らした時のように、満点の夜空に無数に広がる星々の瞬きをその両手に抱いた時のような、その瞬間に感じた、あなたの胸を震わせた激しい衝動、あるいは何気ない日々の日常の中でふと感じたあなたの想い、胸の鼓動、それらを誰かに伝えてください。身の周りの人、今この時を共に生きている人、あなたが愛してやまない人へ、そして未来のわたしにその想いを伝えてください。こんな小さなわたしに何が出来るかなんて思わずに、あなたが感じたことをそのまま人に伝えてみてください。
もしもそこに共感が生まれたら、それが、どんなに素晴らしいことかと、いずれ分かる時が来るはずです。世の中はずっと冷たくて残酷で、汚れていたりするけれど、諦めさえしなければ、日はまた昇るし、雨上がりには空に虹が架かります。それを忘れないで、どうか未来のあなたのために今を大切に生きてください。本当のあなたはきっと素晴らしい。それを信じてください。


わたしから、いつかのわたしへ。

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