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こんなの読んだことない!前衛的な高橋真琴の漫画 【少女漫画】

キラキラ輝く瞳に豪華なドレス。可愛らしいお姫様の絵のイメージが強い高橋真琴が、少女漫画からキャリアをスタートしたことを知ったのは米沢嘉博「戦後少女マンガ史」によってでした。

瞳に星が光る顔や、ストーリーには関係ないファッションイラスト(スタイル画)などの表現を少女漫画の世界に持ち込み、現代の少女漫画技法の確立者とも呼ばれていると知り、ずっと読みたかった作家。
きらびやかでハイセンスな漫画で少女を魅了した彼の作品をようやく読むことができたので、ご紹介します。

ただ残念ながら、これらの作品は少女の目に星が入る前の貸本時代の作品です。
とはいえ先鋭的な表現が多く見られ、高橋さんの世界観が読者の目を引きつけていただろうことは想像に難くありません。
雑誌連載に移ってからの目が輝いている系の作品は単行本化されておらず、読むのが少し大変なのですが、こちらもぜひとも近いうちに読んでご紹介できれば思っています。

○パリ〜東京

人気な挿絵画家を母に持つ真弓は、何不自由ない暮らしを送っていますが、お父さんがいたらもっと素敵なのに、と寂しい気持ちを抱えています。
夏休みに友人と旅行に行くために、今は花売りのアルバイトに精を出しています。
そうして訪れた旅先には、どうやらお父さんとお母さんの隠された思い出があるようで……

あらすじはこんな感じ。

美しい話ではありますが、現実味はゼロです。
駅や果物屋で歌ってものを売るなんて肝心にお金持ちのお嬢さんのお遊びアルバイトですし、ラストは急展開で絶縁状態だった父方の祖父から連絡があってお父さんの消息が判明したり。
もはやストーリー展開はコメディのようでさえあるのに、あくまでも切なく美しいようなパッケージングが施されているので、大声で笑うわけにもいきません。

ストーリーより気になるのは、なぜか主人公たちが普通に喋っているフランス語です。お母さんはママンと自称しているし、道端で会った人に急に「ジュ・ヴー・ドゥマンド・パルドン・ムシュー」などと話しかけたりする。
日本語とフランス語のちゃんぽんは急に出てくると面食らいますが、それ以外にも冒頭からラストまで、ページの端でフランス語の単語がずっと紹介されています。

フランス語を取り入れるやり方は、本人が面白いかなと思ってやったのだそうで、確かに斬新です。こんなの他に読んだことがありません。
正直読む時に気が散るのですが、ためにはなります。当時の読者は、憧れのパリの空気を感じて楽しんでいたのかもしれません。

それから特筆すべきは、デザイン重視の画面構成。
これは後述の「さくら並木」ではさらに顕著なのですが、ページの中で音符や花が浮かび、歌の歌詞が縦横無尽に駆け巡ります。少女たちは踊るような身振りで、それぞれのページが一枚絵としても見られるような、絵へのこだわりが強く感じられます。
背景やモブもしっかり描き込まれていて、導入部に至っては漫画ではなくもはや絵に言葉を添えた絵物語のようになっています。

それから小ネタもあれこれ散りばめられて、遊び心も満載です。
例えば少女小説の大家・吉屋信子をもじった吉屋花子という作家が出てきて、
「挿絵は個人の応接間や展覧会等によって、ごく少数の人々に鑑賞される日本画や洋画とちがって、雑誌とか新聞を通して世のあらゆる人達に広く鑑賞されるものですから大変やりがいのある仕事だと思います」
と作者の心情を代弁しています。

また、町のシーンで美空ひばり・江利チエミ・雪村いづみの三人娘の看板が出ていたり。(この三人娘は主人公たち仲良し三人組の元ネタなのだそう)

リアリティがないからこその、女の子たちの軽やかさを見て楽しみ、フランス語も嗜む。そんなプティフールのような作品でした。

※ちなみにわたしは、最初の頃に主人公の風に飛ばされた帽子を拾ってくれた男の人が、思わせぶりだったのに後には出てこないのでモヤモヤしていたのですが、
この記事を書いている間に作者のカメオ出演だったのだと気付きました。わー、スッキリ!

○さくら並木

こちらは女学生の姉妹愛、いわゆる「エス」を描いた作品です。
主人公の由紀子は、球技大会で仲の良いお姉さまと卓球対決をすることに。
試合では惜しくも負けてしまったものの、本人はベストを尽くしたつもりだったのに、手加減したのではないかと心ない噂が広まってしまいます。
なんとなく後ろめたい気持ちになってしまった由紀子はお姉さまとも普段通り離せなくなり……

そんな姉妹が仲直りするまでを描いた話ですが、やっぱり目を奪われるのはデザイン面。力の入った卓球の描写と、突然挿入される長いバレエシーンです。

まず卓球の方は卓球の写真を参考に描かれたということで、描写がとても細やか。亜矢子のフォアへ短い球を送った

手をのばしてショートで返球

球が浮き上がってくるところを猛烈なスマッシング
などそこまで細かく描くか、という状況説明があり、それを彩るように卓球玉をモチーフとした白い丸がページの中でいくつも連続し、視線を誘導したりかたまり合って有機的な形を作り出したりしています。
先ほども触れましたが、画面構成のデザインが、コマ割りというのでもなく、もはやアートの域なのです。
この描き方、実際に作品を目の当たりにしたら、誰もが驚くだろうと思います。

そして謎のバレエシーンは、物語に直接関係があるわけでもないのに、長々となんと11ページも挿入されるのです。一応由紀子とお姉さまが観に行ったバレエ、という設定ではありますが、一連の踊りを何ページにもわたってコマ送りのように描くのはひとえに作家の趣味でしょう。
華やかなバレエが当時の女の子たちの憧れだったからこそ許されたページ配分なのでは、とも感じました。バレエっぽい描写は他の場面にも登場しています。

ちなみにここで姉妹が鑑賞している演目「白鳥の死」は、調べても出てこないので恐らく高橋真琴の創作バレエなのではないかと思われます。

上記二作はどちらも「お父さんがいない少女」の話である点などは貸本少女漫画のセオリーに則っていますが、ストーリーよりも画面構成の斬新さやハイセンスな小物遣い、可愛らしいイラストがより印象に残ります。
少女漫画技法の確立者と呼ばれていると冒頭に書きましたが、それどころではない。今読んでも新しく漫画の概念を揺さぶられるような前衛的な作品でした。

絵も、中原淳一に憧れて絵を描くようになったという本人の言葉通り、確かに中原淳一の雰囲気を漂わせています。ハイセンスで可愛らしい少女画に、うっとりしてしまいます。

ちなみに今回読んだのは2006年の復刊バージョン。付録の読本では、当時の世相や裏話を本人のインタビュー等で知ることができます。
少女漫画の源流を知りたい方も、一般的な漫画には飽き足らない方も、驚きと楽しみを持って読める作品だろうと思います。


ところでタイトルについて:自分が分かりやすいようにこれまで紹介記事に通し番号を付けていたのですが、内容が分かりやすいようなタイトルの方が良いのでは? と思い直し、今回からタイトル工夫してみることにしました。反応を見て、過去記事のタイトルも変えるかもしれないし、これも通し番号に戻すかもしれないです。

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