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美しい刺繍靴を履いた高貴なる姫君の唄 【短編小説】

これも「玩具」と同じく、個人フリーペーパー「さいきん」に載せたもの。
書き終わってからタイトル考えたけど、タイトルからはこの中身を連想できなさそう。
多分着想は国際ニュースだけれども、イメージソースは萩尾望都×光瀬龍の「宇宙叙事詩」の中の一編な気がする。


 はるか二千年の昔、争いを忌んだ姫君は、ひと一人ぴったり収まる小舟に乗って、地中にお隠れになってしまった。その小舟の中で姫君は、死者のように横たわって指を組み、死んだように眠った。閉ざされた場所で、夢は明るい未来の気配に満ち、姫君の薔薇色の頬が輝きを失うことはなかった。

 そうして今、二千年の刻を超え、舟は太古のプログラムに従いて砂の下から浮上する。ドーム状の蓋から砂が滝のごとく流れ落ち、それも落ち着くと、中から姫君が往時と変わらぬ姿で現れる。爽やかな目覚め、編み込まれ完璧にセットされた御髪。その頭上を無人の爆撃機が轟音を響かせ飛んでいく。たちまち希望溢れる姫君の胸は引き裂かれ、微笑みは絶望に陰った。
 ずっと眠っていたというのに、まだ終わっていないの? 姫君は唖然として動けないでいる。きっともう争いなどなくなっているのだと信じて疑わなかったのだ。かつての都の面影もない、荒廃した砂地を見回す。

 もう誰もいない、わたしを慈しんでくれた人は誰も。
 もうどこにもない、わたしの見知った景色。
「逃れられぬと知っていたなら、わたしあの時代を生きたのに」
 呟きは虚しく空に消える。中断されていた時は既に動き始めている。姫君は極度の飢えと渇きを満たすため、小舟を後にする。

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