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魔法使いと青年。

2.
僕の話を聞いてください。
あなたの話も聞いたのだからいいじゃないですか。

僕は、そこそこ長く生きてきました。ええ、見た目以上にね。
けど、あなたと知り合った時僕はそれなりに子どもで幼くて無知でした。

あなたは路傍に転がる小石みたいな僕を気まぐれに拾って可愛がってくれました。
僕はその頃、人間にも魔法使いにも誰もかもに愛想を尽かして、生きる気力も何もなくて、どうにかしようと思えば出来たはずなのに何もしていなかったわけです。
ちっぽけなことではなかったです。僕のことを構うあなたのこと、私は最初すごく嫌いでした。
けれど、あなたがあんまりにもしつこく僕の元を訪れて聞いてもないのに魔法使いの話をするもんだから。
それがあまりにも見当違いだったり、ゾッとするほど確信をついていたり、おかしい程にちぐはぐなもんだから、おかしくなってしまって。気づけば、このただひたすら盲目に魔法使いに憧れ続けた人間に、心を許してしまってもいいのかなと思うくらいにはなっていました。

その人と一緒にいた数年間は僕にとってかけがえのないものになりました。
その人はたくさんのことを教えてくれました。
人間の文字、言葉、文化。その人から見た魔法使いのこと、森の歩き方、獣の狩り方、りんごの値切り方。
ええ、あれはいまだに使ってます。一番効果的めんですから。
りんごジュースはあの時から今までずっと、変わらず僕の大好物ですよ。
ある日、僕は自分を探す同胞の話を耳にしました。
彼は僕の旧友で、そして酷く人間を恨んでいるひとでした。
彼は僕のことを深く思ってくれる大切な友人でしたが、きっと僕と一緒にいる人間のことを見逃してくれる程、人間に対しての慈悲は持ち合わせていないと僕は思いました。
そしてその時初めて僕は、その人が僕にとって失えない人なのだと気づいてしまったのです。
ある満月の夜、その人が研究に没頭したまま寝落ちた後、僕は一人でそっとその人の元から離れました。

悲しいとか、そういうことではなくて、なんだか僕は少し嬉しい気持ちでした。
長い人生の中、巡り合わせがあればまたいつか出会えるんだから。別れることよりも僕は、何かを犠牲にしてまで大切にしたい人間と出会えたことが嬉しく思ったからです。

その人の活躍は、いろいろなところで耳にしました。それは素敵なものだったり、驚きに溢れているものだったり、さまざまで僕はその噂を拾うのがいつの間にかの楽しみになったのです。
ご存知ですか?

僕らは僕らの秘密を無闇矢鱈と話してはいけない不文律があるのです。
それは同胞であろうとなかろうと同じですが、ただ一つ、本当に心を許した人には逆に黙ってはいけないという教えも存在しているのです。



お久しぶりです、先生。
あなたはずっと変わりませんね。
突然いなくなってしまったご無礼をお許しください。
今日は、先生が好きそうな話をたくさん持ってきました、ですからどうか、先生が眠るまで、そばでお話させてください。
ええ、そうです。先生がかつて僕にしてくれたように。枕元でたくさんのお話をさせてください。


初めにまずは、ある魔法使いが人間の青年と別れてからの冒険譚なんていかがでしょうか?
ああ、そうですね、きっとたくさん喋って喉が渇いてしまいますから、りんごジュース、頂いてもよろしいですか。
長い晩に、なりそうです。

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