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【読書感想文】エネルギーの複雑さを知る「エネルギーの物語」

私は大学院で核融合の研究をして、重電メーカに勤めていたので、エネルギーを専門としているとハッタリをかましている。しかしそれなりに勉強している私にとってもエネルギーは複雑で多様で深い問題である。そんな私にとっても「エネルギーの物語」は新しい発見のある本であった。

現代ではエネルギー=電気と思われがちだが、実際ははるかに複雑である。もっとも単純に言えば、物理学的にエネルギーとは仕事をする能力(モノを動かす力)である。しかしエネルギーは水と食糧の相互作用の賜物であり、輸送の源であり、富の源泉であり、都市を作るものであり、国の安全を保障するものである。

エネルギーと人類の関係性は絶えず変化してきた。エネルギーをうまく活用することで人類は発展してきた。火、家畜、水力、風力、蒸気機関、そして原子力とエネルギーの変化は人類の文明に大きな飛躍をもたらした。一方でエネルギーの転換は大きすぎる変化を人類にもたらす。

エネルギーの急速転換はとんでもないリスクを伴うということを理解しておいた方がいい(そして理解していない人が多すぎる)。

水と食糧

水と食糧は人間をはじめとする生物にとって必要不可欠な物資である。これらの生産にはエネルギーを必要とし、これら自体がエネルギーの元である。水と食糧とエネルギーは緊密に相互作用している。安全な水を作るためには火などの熱(消毒するため)を必要とする。

近代の食糧生産はハーバー・ボッシュ法によるアンモニア生産によって、工業化された。それまでは土地の栄養に依存していた農業は初めて工業化できた。この農業改革によって農業生産は急増し、20世紀の人口爆発を牽引した。そして爆発的な人口増加が、現代社会の多くの問題も生んでいる。残念ながら70億人の人間が住むには、地球は小さすぎる。

また意外と知られていないのが、水は近代産業を語る上で莫大なエネルギー源となった。20世紀半ばまで電力の大半は水力発電によって供給されていた。火力発電が主流になったのは戦後であり、それ以前はほとんど水力発電が電力を支えていた。現在(2019年時点)でも世界の16%、日本の9%程度の電力供給を支えている。

水力発電は供給が安定していて、一旦ダムを建設してしまえば(ダムの建設は非常な自然破壊を伴う)極めて環境負荷が少ない。太陽光や風力よりもはるかに良い電力源である。そのため再注目がされている。

主要国の電源構成比

都市と輸送

蒸気機関は農村部から都市に人を移動させた。それまで地方に散らばって水力や風力に依存していた産業を、都市に中央集権することを可能にした。一方で自動車を手にすることで郊外に住むことを可能にした。

都市の建設と維持には莫大なエネルギーを必要とする。一方で都市に集中した方が、インフラが集中できるので一人当たりのエネルギー消費は効率化される。ある意味一人当たりの環境負荷が高いのは、ポツンと山や砂漠で自給自足する人である。

現代人は100年前の人よりも多くのエネルギーを消費している。しかしそのエネルギーは100年前よりもスマートである。100年前の人は灯りに鯨油や蝋燭を使い、馬や人力や蒸気機関で移動していた。これらのエネルギー源は環境にも人にも悪かった。今の電気照明や自動車は100年前のそれよりもはるかに良い。

安全保障

エネルギーは極めて戦略的な要素であるため、それは国家間の取引の対象になる。近代になって石油や天然ガスというエネルギー物資は重要な戦略物資となった。第2次世界大戦以来、石油は戦争の原因にすらなった。日本が太平洋戦争を開戦したきっかけは、アメリカが対日石油禁輸措置がとられたからである。

日本やヨーロッパ諸国のエネルギー輸入依存度は極めて高い。日本は原子力を含んでも、輸入依存度は90%近い。もし日本が世界中から禁輸措置を取られたら、現在の10%しかエネルギーを使うことができない。残念ながら日本は太平洋戦争からまったく学んでいないらしい。

主要国のエネルギー輸入依存度

2022年9月時点でロシアーウクライナ紛争の終結は見えないが、その要因にはロシアがエネルギー輸出大国であることが大きい。特にヨーロッパにとってロシアの天然ガスパイプラインが止められたら、電力と経済は停止する。それを恐れて大規模な制裁ができない。

しかも天然ガスのパイプラインは、石油よりもはるかに停止するのが簡単である。根元のバルブを閉めるだけで供給を止めることができる。もしパイプラインを破壊すれば復旧は困難である。これは石油よりもはるかに交渉材料として優位である。これがロシアの優位を生み出している(いつまで持つかはわからないが)。この2022年度冬にヨーロッパは地獄を見るだろう。

まとめ

極論であるが無限でタダののエネルギーがあれば、現代社会の多くの問題は解決できる。無限の水と食糧を生産でき、世界中に移動ができ、すべての人が安全で快適な生活を送れ、戦争もなくなるかもしれない。現代科学でもっともこれに近いのが原子力であるが、残念ながらリスクが高く、多くの人に正しく理解されていない。

未来のエネルギーとして期待される核融合は、まだ商用化に30年かかると言われている(ちなみに30年前もあと30年かかると言われたらしい)。現在の問題は既成技術と交渉によってどうにかするしかない。そのために個人もある程度エネルギーについて知ってほしい。

以下にUdemyにて電気とエネルギーについて解説しています。よければご覧ください。


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