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コロナ禍で一番お世話になった曲、あるいはアプリ ”zoom“

2021年になって、もう少しで半分が経つ。コロナ禍になってから、時間のたつのが本当にはやいと感じるのは、私だけだろうか。

そこで今回は、コロナもそうじゃないことも色々あった2020年に出会い、好きだなあと思った曲「Zoom」(valknee, 田島ハルコ, なみちえ, ASOBOiSM, Marukido, あっこゴリラ)について話します。曲名です。

2021年の今現在ですが、去年聴いたこの曲だけはどうしてもどこかの媒体で語っておきたかったので(sns発信下手なのがバレる)、書きかけのまま「下書き」に埋まっていたこのnoteページを少しアップデートさせて載せることにしました。

曲との出会い 

なんでこの曲を見つけたのか、明確なきっかけは正直あんまり覚えていない。

ただ記憶にうっすらと残っているのは、ツイッターでなんとなく流れてきたラッパーの方(ビビッドな色合いのプロフィールだった気がするから、田島ハルコさんかも)のツイートにこの曲のMVのリンクがあって、サムネかわいいし楽しそう、というかZoom画面?!となったような思いを持ったこと。
とにかく、自分で調べ出して聴いたものではないことは確かだ。そう、この曲のMVのサムネイルは、見て頂ければ分かるがZoom画面を模したものなのだ。というか終始Zoom画面をオマージュした画面で6人がラップしているというミュージックビデオである。

私がこの曲を見つけたのは、2020年5月後半のことだった。大学4年生の私は 卒論ゼミを含めた授業全般が5月のゴールデンウイーク明けから延期のうえで始まっていたため、ZoomやGoogle Classroomなど コロナ前まで使ったことのないオンラインツールを駆使しながら、必死に最終学年としての大学生活を送っていた。
というのも、本来ならばこの時期は教員と研究室で面談したり、教室で授業を受けたり、大学院入試の説明会に出るために地方の大学に行ったり、はたまた息抜きにサークルに行ったり 大学の友人とご飯を食べに行ったり、お気に入りのバンドのライブに行ったり、もしくは何かの帰りにふらりと映画を観に行ったりしていたかもしれない。(というか、私が想定していた充実した最後の大学生活はこんな感じだった。)
しかし、猛威を振るう新型コロナウイルスの影響のため、先に挙げた面談や授業や説明会などは、その全てが対面では行われず オンラインでの実施となった。サークルも活動中止だし、そもそも普段の活動場所である大学体育館やスポーツセンターなんて開いていない。さらに不要不急の外出自粛の要請も強いられていたため、外に出ることだって簡単じゃない。ライブや映画館に行くのはもってのほかで、私の場合は 徒歩20分で行ける図書館に行くことが唯一の遠めの外出、という程度だった。

その代わりに登場したのが、「オンライン」環境との付き合いである。
授業、面談は基本zoom。大学の課題提出はgoogle classroomか先生へのメール。サークル仲間や友人との会話はLINEかSkypeかzoom。好きなバンドのライブはYouTubeの過去動画か生放送ライブでの視聴。映画はたまにAmazon Prime Video。 
今まで使っていたツールも含め、こうして羅列すると この一年自分がどれだけオンラインツールに生活を委ねていたかと実感させられる。

「新学期」「新年度」という言葉は、新しい何かが始まりそうな、晴れやかな響きのある言葉を身にまとっている。
それにもかかわらず、こうした当たり前の日常が変わっていった2020年の春は、いくら慣れなくても 知らずのうちにオンラインを通した社会生活に順応しなくてはならなくなってしまったのだ。

そこで出会ったのが、この「Zoom」(valknee, 田島ハルコ, なみちえ, ASOBOiSM, Marukido, あっこゴリラ)だった。


⑴MVかわいすぎ問題

「Zoom」(valknee, 田島ハルコ, なみちえ, ASOBOiSM, Marukido, あっこゴリラ)

まず、YouTubeのミュージックビデオを見て欲しい。

このMVが印象にスッと残るし、かわいい。

6人が画面いっぱいに等分にうつって、名前もそれぞれ自分の顔の左下に入ってて、各自で背景なんか買えちゃったりして、画面共有とかチャットのボタンがあったり、ミュートできたり。
多くの人が見たことあるであろう、あのZoomの画面を忠実に、かつポップに再現している。

また、曲中は6人それぞれが順番にラップしていくのだけど、自分の番になると画面が切り替わって、6人全員が見えるモードではなく、ラップしてる当人だけが画面いっぱいに映る。
zoomを使いこなしてきた人達にはおなじみの、スピーカービューってやつだ。
なおスピーカービューの時には背景をそれぞれ設定しているから、6人の身体の輪郭にはモヤモヤした波が見えている。また、MVをよく見ていると、曲中に動きが固まってしまうこともある。ネットワーク状態が悪いとなってしまう、あの状況だ。

こういう細かな工夫と今その時に合ったMVは、zoomにちょうど慣れ始め、かつ対面を恋しくなり始めた当時の私にとって、身近で親近感が持てるだけでなく、設定そのものの斬新さに面白みをすぐに感じた。
6人がカメラの中でどう踊って歌っているのか気になっていると、気づけば5回、6回とMVを永遠リピートしている自分がいた。Marukidoの歌ってない時のなぞのゆらゆらした踊りがかわいい。

ちなみに、この↓ロゴになってるグリッターのZOOMの文字もかっこかわいい。ガールズパワー全開で、ラッパー界のパワーパフガールズみたいな、そんな存在のような気持がする。


⑵リリック良すぎ問題

この曲は6人がマイクリレーで成り立つラップ曲なのですが、ひとりひとりパンチが強すぎて、そして良すぎるのです。
それぞれ自分の個性を出してきているだけでなく、

「止まらないコロナの愚痴 でも終わったらウチらは絶対になろねRich」

「デジタルビンタ」「アナログデート無理の予定」

などなど、コロナの自粛や外出禁止つらさを多少の風刺を込めつつも赤裸々にのせていて、妙に刺さる言葉ばかり。

コロナという人類が共通して向き合っている感染症のはなしだけあって、あまりラップに親しくない人の耳にもすんなりと届くのではないだろうか。


⑶コロナ禍の変容のさなかに登場した「Zoomgals」たち

オンラインを使った日常は、はじめは「新スタイル」「ニューノーマル」などと言われていたのに、今では当たり前のように存在し、生活環境のなかでなくてはならない存在となってしまった。
寧ろ、コロナ前にいつもおこなっていた人と「直接」会い、話し、飲み交わすような日常は、知らずのうちに「対面」「オフライン」といった名詞形になって定義され、他者と関わる時の一つの方法の選択肢のような立ち位置となっている。
「いつも」が「いつもではない」ということを知らしめる新型コロナウイルスの存在は私達にとって大きい。

そんななかでアップされた、この6人のラッパーたちの声が重なり合った一曲は、コロナ禍の生きづらさを代弁しつつ、Zoomのなかで会話する私達を俯瞰するような目線をとる不思議な一曲のように私は感じた。
だからこそ、私はそんな6人の率直なフローにひかれたのかもしれない。

彼女たちは、自分達6人のことを「zoomgals」 と呼んでいる。
「gals」というのは、まさしく、「ギャル」のことだ。そう、彼女たちは今やギャルサークルとしての肩書きでラップをしている。

私の偏見では、ギャルというのは時代の変化に応じて突如現れるグループなんじゃないかなと思う。
コロナというこの状況の、自粛期間というこの2020年春の時期だからこそ、彼女たちはギャルサー「zoomgals」を結成し、象徴的な一曲「zoom」を世に放ったのではないだろうか。


オンライン文化はもう社会に十分定着してきたが、これからもっともっと時代が進んでコロナが収束したら、zoomなんてものを使わなくても、対面で当たり前に交流出来たり、なにかしら別の手段で交流できるようになっているかもしれない。

今じゃ考えられないかもしれないが、いつかは「zoom」が死語になる日だって来るだろう。
それでも現在の世の状況を赤裸々にのせた彼女たち6人は、ラッパーというだけでなく、「zoomgals」としての独特な世界観を共有する方法を熟知している、表現者であり開拓者なのだと私は思っている。

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🌸

コロナ禍の真っただ中にリリースされた一曲「Zoom」。6人それぞれが、このコロナ禍だからこそ合わさったときの底力を見せつけられたかのような、そういう熱い熱い思いを感じる一曲だと思う。これからも、リモート疲れでしんどくなった時、コロナのニュースばかりで辟易したときなんかに、この曲を聴いて少しすっきりした気持ちになりたいものです。
感想文、これでおわり!


<今日のひとこと>
noteの更新頻度って本当にむずかしい、続けるという気は抜きたくないけど 長ったらしくて気の抜けた文章しか書けん

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