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小説:雷の道(土曜日)#24

「ああ、そうだな。ついつい」
そう言うとアツシは椅子に座りなおした。

「水路の件ね。水路問題の坂本さん。調べてきましたよ。色んな手を使ってね。手間もかかった。でもだいぶ解ってきた。人となりもね」
そう言うと自分を納得させるみたいに頷いた。
そして続けた。

「坂本家は先祖代々、農業をしてる。二年前から坂本ユウジさんが跡を継いだ。若かったころはやんちゃだったけど、大人になって農業大学に入って本格的な勉強をした。意外と苦労人だな、あの人は。その坂本さんの土地に高速道路が横断し近くにインターチェンジが出来た。そしてショッピングモールの計画が浮上した。まあよくある話だ。しかし坂本さんはその話に関心を示さなかった。そこで坂本さんの土地抜きで計画が進んだ。普通だったら、ショッピングモールを作るような広大な土地だったら、地権者が大勢いてまとめるのに十年はかかる。とても厄介な案件だ。だけど蓋を開けてみたら登記上の地権者は大勢いたけど、実権者は数人程度だった。だから話はここへ来て一気に進んだ。しかし計画地のど真ん中を横断する水路があることがわかった。ジュンの指摘通りだった。そしてその水路の先には坂本さんが代々運営する土地があった。水路を無くす事は坂本さんの土地を殺すことになる。知ってるとは思うが水利権というものがある。簡単にはなくせない。厄介な問題だ。だけど解決策がないわけではない。出口は見えて来てる」
アツシはここまで話すと来たばかりのビールを飲み干した。

「だけどまさかおまえと仕事の話をする日が来るとはな。びっくりだよ」
とアツシは言った。

「ほんとだな。小学生の頃はよく遊んだけどな。中学生になったらアツシは勉強ばかりしてただろ?」
「おまえは部活ばっかりやってたな。よく体育館でみかけた。塾に行く前に」

「それほど真面目にやってた訳ではなかったけど、バレーを続けてよかったと思ってるよ。体力も筋力もついた。だいぶ筋肉は落ちだけど、今でもなごりくらいはある」

「俺は全然だめだ。見ての通り。食べれば食べるほど太る。怠け者なんだ」

「その分、知恵をだしてるでしょ」と洋介が言った。
アツシは含み笑いをしながら
「この話は俺がまとめる。一年以上関わってるから事情もわかってる。少し時間はかかるかもしれないが方法はある。その時はよろしく頼むよ」
と言って洋介と握手した。

「一度、坂本さんに会わせてくれないか」と僕は言った。

「もちろん。直ぐにでも会ってもらいたい」

「じゃあ、俺、次があるから」と言って洋介は出て行った。

「忙しい人だ」と言ってアツシは笑った。

「市役所と実家の家業をかけもちしてるんだ。まあ次期不動産屋の社長だよ。結婚するって言ってたから、そろそろ腰を落ち着けるのかもしれないな」
「どういう知り合い?」
「高校の時の同級生だよ。よく一緒に勉強した。カップル四人で」
「それはうらやましい話だな。俺は実家を出て高校の寮に入ってひたすら勉強漬けだった。雲泥の差だ」
「今、取り戻しただろ」
「いやいや、まだこれからだよ。随分失敗もした。痛い目にもあった。子供の頃には考えられない事がたくさんあった。子供の頃がよかった。安全で安心だ。誰かが守ってくれる。失敗しても取り返しがつく。そう言えば、俺達も四人で遊びに行った事があったよな。小学生の頃」

「ああ、小学六年だったな。ませたガキだった」

「加奈子と美沙岐と俺達で行ったな。ピクニック。健全な遊びだった。あれは加奈子が言い出したんだぜ。ジュンと遊びに行きたいから四人で行こうって」

「そんな昔のいきさつをよく覚えてるな」

「俺は加奈子の事が好きだったんだ。だからよく覚えてる。ショックを受けた。子供ながらに傷ついた。よりによってジュンだからな」

「俺は美沙岐の事が好きだった。中学の時もずっと」
「なかなか上手くいかないものだな。特に子供の頃は。美沙岐と言えば、さっき話した坂本さんと色々あったらしいな」
「色々って?」
「知らないのか?」
「俺は一週間前に帰省したばかりなんだ。高校卒業して十五年ぶりに」
「それはそれでびっくりな話だな。なんでそんなに永くここを離れてた?」
「ここに帰りたくない事情があったんだ」
「何があった?」
「それはあとでゆっくり話すよ。それよりもその坂本さんと美沙岐の事が気になる」
「まあ、そうだろうな。でもこれは聞いた話だ。直接知ってるわけでもないし、ましてや美沙岐から聞いた話でもない。美沙岐とは中学校を卒業してから会ってもない。その程度の信ぴょう性というのかな」
「ただの噂話かもしれない、という訳だ」
「まあ、そんなところだ。坂本さんというのは俺達よりも二つ上の先輩なんだ。ただ小学校も中学校も俺達とかぶってない。工業高校を卒業して地元の工務店に就職した。社会人になってからも坂本さんはかなりの悪だったって話だ。暴走族を先導しやくざとも繋がりがあった。そして美沙岐が高校三年の時につきあい始めた。あいつの家は工務店だっただろ?そういう繋がりがあったのかもしれないな。まあ、そんな話だ」

「それだけか?」と僕は言った。

「それだけだと良かった」とアツシは言った。




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