ヨルシカ「ただ君に晴れ」二次創作【百合小説】
一人、夜に浮かぶ海月のような月を見上げた。
頭の中にいる君の記憶が弾け飛ぶ。
遠い夏の日。高校生最後のとある夏の日、私は雨に打たれたかのように汗を流しながら燃えるほど暑い道の上を走っていた。
バス停で待ち合わせしているはずなのにいない。
新しく出来たばかりの標識が私の方へ向いている。駐車禁止のマークが怒っているみたいだ。戸惑いつつバス停の背を覗くと晴香が少しふてくされながら笑っていた。
「遅れてごめん」
待ち合わせ時間に遅れてしまった私は申し訳なさそうに言うと、
「夏海はいつも遅刻するよね」
と呟いて、先にバス停の近くにある神社へ向かってしまった。
晴香の背を追いかけて、彼女の隣を歩く。二人で鳥居をくぐると、古い神社に辿り着いた。空に乾いた雲が浮かび、夏の匂いが頬を撫でる。
晴香は私の手を引いて、神社の隅にある大きな石へ座ろうと誘った。夏の空気より暑い彼女の体温が伝わる。胸が痛い。
石と言っても座りやすいように加工されていて境内の椅子として置かれたのだろう。日陰にあるので座るとひんやり冷たい。
座ったまましばらくボーッとしていると、突然、晴香が私に話しかけてきた。
「はやく大人になりたいな」
「そうかな?背伸びしたってはやく大人になれないよ」
「いいの、背伸びで」
「晴香はどんな大人になりたい?」
「んー、秘密」
彼女はイタズラした子供のようにクスッと笑った。
時間が経つといつの間にか乾いた雲がなくなって、一面青空が見えていた。私達は大きな石を離れ、参拝をするために神前に行った。
お賽銭を入れたあと礼と拍手をして祈る。
一瞬だけ時が止まったような気がした。
神前の階段を降りながら晴香が私に聞いてきた。
「何を祈ったの?」
「秘密」
「真似しないでよ」
蝉の鳴き声と共に二人の笑い声が響き渡る。
「まだ時間あるから海に行こうか」
神社から遠くない砂浜のある海へたどり着いた。
日は落ちかけて青空がほんのり赤い。
なまぬるい夏の香りと共に潮風が晴香のスカートを揺らす。
キラキラと輝く青い海を眺める彼女を私は見つめていた。
気持ちを口に出さなかったら私は一人だ。でも、それでいい。諦めよう。
伝えてしまったらすべてが終わってしまう。
そんな黒い感情が夜になって彼女のポケットに隠れてくれないだろうか。ポケットの中でそっと咲いて欲しい。
海に見とれる彼女は何より綺麗だった。
口に出せないまま日が落ちる坂道を登って、バス停に戻った。
「遊び疲れたからバス停裏で空でも見よう」
バスが来るまで私たちは空を見上げることにした。
夜を待ちきれない月がうっすら見える。
こんな時間が何より幸せだと思った。じきに夏が暮れてもきっときっと覚えてるから。
一人、あの頃と同じ道を歩いた。
夏日、乾いた雲が流れていく、山桜桃梅の香り、錆びてしまった標識。記憶の中はいつもあの夏の匂いがする。
私の隣にもう君はいない。写真なんて紙切れだ。思い出なんてただの塵だ。それがわからないから、口を噤んだままでいる。
鳥居をくぐり、神社の大きな石の前に立つ。私は座らず石を眺めて、
「絶えず君のいこふ 記憶に夏野の石一つ」
と、正岡子規の俳句を模倣した一句を頭の中に浮かべた。
私は俯いたまま大人になった。君が思うまま手を叩いて、こんな私を笑ってほしい。晴香はどんな大人になりたかったのだろう。
気持ちを口に出せなくても私達は一つだ。それでいいでしょ?もう。
君の想い出を噛み締めながら私は願った。
「ただ君に晴れ」
※ヨルシカ「ただ君に晴れ」を元にした小説でフィクションです
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