【ミステリーレビュー】紙鑑定士の事件ファイル 紙とクイズと密室と/歌田年(2023)
紙鑑定士の事件ファイル 紙とクイズと密室と/歌田年
"紙鑑定士の事件ファイル"シリーズの第三弾となる歌田年の連作短編ミステリー。
内容紹介
解説/感想(ネタバレなし)
慣れって凄い。
過去2作は、自身の持つ紙の知識と土生井や團といった造形家の知識を組み合わせて、なんとか真相に辿り着いていた渡部だが、本作では彼らをモブキャラに追いやってしまった。
探偵が板についてきたといったところで、なんだか頼られ方まで堂々としている。
サブタイトルにはじめて"紙"が入るのも、渡部が力をつけてきた証左か。
紙の専門知識を更に深掘りしており、蘊蓄も圧巻。
ストーリー運びには多少強引な部分もあるけれど、それも含めてこのシリーズらしい。
妙な言い回しになってしまうが、3作目にして初となる本シリーズの王道が飛び出したと言えるのでは。
「クイズと密室と紙と」、「紙と密室とクイズと」、「紙とクイズと密室と」の全3編で構成。
大きな枠組みとしては、業界誌の懸賞で出題された推理クイズを解く過程で、大小の事件に巻き込まれるというスタイルだ。
懸賞が3ヶ月連続の企画というので、各クイズの答えが各編の事件とリンクしていくのかな、と思って読んでいくと、思わぬ方向に進んでいくから面白い。
まさか、最初の事件を解決しても、初回のクイズの問題が解けないとは。
個人的に少し残念だったのは、クイズや密室に関する蘊蓄が特に出てこなかったこと。
これまでの流れを踏襲すれば、途中から登場する千果咲はクイズオタク、あるいはミステリーオタクに違いない、と思ってしまうじゃない。
文庫本の帯ではQuizKnockの河村氏がコメントを寄稿しているし、クイズ作家側から見たクイズ蘊蓄がばんばん飛び出すかと期待してしまったので、早とちりがいけないのではあるが、そこは不完全燃焼で終わってしまった。
総評(ネタバレ注意)
そんなわけで、渡部が正攻法での大活躍。
最初の「クイズと密室と紙と」では、色々と推理をぶつけながら正解に近づいていく泥臭い戦法をとっていたので、結局渡部は土生井の当て馬なのでは、と疑わざるを得なかったのだが、「紙と密室とクイズと」の脅迫騒ぎでは、犯人と直接対決して自首に追い込んでみせる強かさを披露。
どんな紙でも見抜いてしまうという能力の特殊性と、なんだかんだで起業を果たすほどのコミュニケーションスキルを併せ持つスペックの高さを見せつけていて、従来漂っていた頼りなさが消え失せている。
どこかでポカをするだろうと思っていたのに、なんだか最後まで絶好調だったな。
前述のとおり、紙以外の蘊蓄要素は薄め。
強いて挙げるなら金物に造詣が深い推理作家、ひゐろのトリックノートだろう。
サブタイトルに"密室"が入っているものの、正直、密室トリックそのものは地味。
ただし、その背景に"金物の特性を活かした"という設定を忍び込ませることで、このシリーズらしい納得感に結び付けているのが上手い。
劇中誌の読者の声にあるとおり、紙との結びつきも見いだせればベストだったが、千果咲の策略が前提にある中ではご都合主義になりすぎるか。
炙り出したかった犯人については、意外と言えば意外だけれど、ノーチャンスすぎた気もする。
本命として真理子のお見合い相手、対抗として脅迫騒ぎで濡れ衣を着せられかけた橋本、大穴でヒット作家の奈加元ぐらいがミステリーの定番かとメタ読みしていたが、空振りもいいところ。
その意味では負け惜しみにはなるのだが、ちょっと唐突感があったかな。
結果的に、クイズで仕掛けた罠に綺麗にハマってくれた、というストレートなオチに留まっていたことも踏まえて、もうひとつどんでん返しがほしかった。
シリーズ作品としては過去イチで面白さが詰まっていて、ライトでサクサク読める1冊。
ただし、"密室"をテーマにしたミステリーとしてはトリックの魅力に乏しいと言わざるを得ず、タイトル買いする場合は要注意か。