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【ミステリーレビュー】紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人/歌田年(2020)

紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人/歌田年

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第18回「このミステリーがすごい! 」大賞にて、大賞を受賞した歌田年のデビュー作。

どんな紙でも見分けることができる紙鑑定士の渡部が、紙鑑定を"神探偵"と勘違いした女性から浮気調査を依頼される。
ヒントは、1枚のプラモデルの写真。
とある事情で業界から干された伝説のプラモデラー土生井(はぶい)の助けを借りながら真相を突き止めるも、翌々日、依頼者からの紹介で、ひとつのジオラマを頼りに行方不明の妹を探してほしいと別の探偵仕事が舞い込んで……

設定からわかるとおり、リアリティよりもエンタメ性を重視した、ライトに読めるミステリーといったところだろうか。
フーダニットやトリック暴きといった、本格ミステリーとしての要素は薄く、渡部が足を使って拾ってきたヒントから、安楽椅子探偵的な立ち位置の土生井が、次にとるべき行動を導き出すという劇場型サスペンスと言ったほうが近いのかもしれない。
追いつ追われつの終盤の急展開は、もはや冒険小説的な爽快感であった。

見どころは、なんといっても紙と模型のオタク知識。
なんでも、著者はフリーの編集者兼造形家とのこと。
実用的かどうかは置いておいて、ふんふんと感心しながら読み進められる蘊蓄の面白さは本作における大きな個性となっていて、無用にダラダラと長く続くことなく、自然な形でテンポ良く詰め込まれているのもポイントである。
個人的に縁の深い業界や地域もよく登場していて、親近感を持って一気に読むことができた。

ご都合主義的な部分は多々あれど、コミカルなキャラクターと停滞感のないストーリーは、続きを読ませるパワーに溢れている。
2020年という閉塞感に包まれた時代に評判が高まったのも納得。
シリーズ化しそうなタイトルだが、続編の構想もあったりするのだろうか。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


ヒントが出されて、そこからメッセージを読み取って、というスタイルで犯人に辿り着いていくため、犯人に意外性はなし。
というか、それまで全然登場しなかった施設の、登場しなかった人物が犯人であると、唐突に告発される。
一応、ヒントをジオラマにして送ってくる人間は誰なのか、目的は何か、という問題も並行しているので、読者が言い当てるべき謎がないというわけでもないのだが、チャンスは極めて少ないのかと。
ジオラマの写真をもとに蘊蓄によってヒントを得るくだりについても、さすがに小説においては土生井の見解を待つほかない。
読者への挑戦があるタイプのミステリーや、伏線が回収されていくカタルシスを楽しむのが好きな読者にとっては、味気なく感じてしまう可能性はあるだろう。

ただし、クライマックスでは、それまでの探偵小説から、タイムリミットサスペンスに完全に切り替えており、それが奏功していると言える。
高速をかっ飛ばす主人公たちに合わせて、ぐんぐんとストーリーの加速度が上がっていき、気が付いたらラストに到達。
小気味よい会話とシリアスな展開のバランスも絶妙で、リアリティを蹴り上げて冒険活劇に振り切ったスケールの大きさは痛快であった。
紙と模型の蘊蓄が見どころ、と聞くとピンとこないだろうけれど、なかなかどうして映画化に向いていそうなのだよな。

ちなみに、ここからはたらればの話。
主人公なのだし、渡部の紙鑑定のスキルが、事件解決の鍵になってほしかったな。
結局、事件解決に導くのは土生井のオタク知識と推理力で、渡部は告発文の出どころを当てたぐらいしか見せ場なし。
最後のトランプ投げまで紙鑑定士のスキルに含めるなら別だが、なんというか覚醒せぬまま終わってしまった感が。

また、土生井が倒れた理由も、カップルを成立させるための理由付けでしかなくなってしまったのが惜しいというか。
土生井と渡部のやり取りは基本がLINEであり、これは晴子が土生井に成りすまして事件を攪乱するフラグだな、そもそも妹の失踪とジオラマを結び付けて考える根拠も弱いし、彼女が黒幕かもな、なんて邪推したのだけれど、ただの考えすぎだった。
"このミス"大賞ということで、ハードルを上げすぎていたらしい。
この時代に"多重人格の犯人"を貫き通すわけがないと思ったこともあり、どんでん返しを期待してしまったのだ。

細かい要望を並べ立ててもナンセンスなのは理解しているが、期待値が上がったからこそ、ということで。
もしシリーズ化するのであれば、次こそは紙鑑定の機会が増えますように。

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