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【ミステリーレビュー】紙鑑定士の事件ファイル 偽りの刃の断罪/歌田年(2022)

紙鑑定士の事件ファイル 偽りの刃の断罪/歌田年

紙鑑定士の渡部が主人公となる"紙鑑定士の事件ファイル"シリーズの第二段。


あらすじ


どんな紙でも見分けられる男・渡部。
彼の紙鑑定事務所には、ときおり一風変わった依頼が舞い込んでくる。
紙粘土のようなものをぶつけられて怪我をした野良猫たち。
小学生の梨花からの依頼で、紙粘土の破片を手掛かりに動物虐待の犯人を捜す「猫と子猫の円舞曲」。
大好きなアメコミのキャラクターの漫画やフィギュアを、不良品だと言って突き返しては、心を閉ざしてしまった少年。
紙の知識から、彼の主張の本質を突き止めようとする「誰が為の英雄」。
コスプレイヤー夫婦の夫が何者かに殺害されたが、凶器が消失。
刑事の石橋からの依頼で、容疑者となったマサの疑いを晴らそうと独自の調査を行う「偽りの刃の断罪」の3編を収録した短編集。
渡部は、プラモデル造形家・土生井やフィギュア作家・團のオタク知識を借りながら、探偵さながらの好奇心で謎に迫っていく。



概要/感想(ネタバレなし)


前作は、土生井が安楽椅子探偵としてのポジションを担っており、渡部の紙に対する知識が作中でそこまで活きなかった印象ではあった。
渡部を主人公に据える以上は、紙知識も何らかの決め手になってほしいよな、と思っていたのだが、その辺りが大幅に改善したのが本作。
土生井に代えて、フィギュア作家の團が、フィギュアに、コスプレに、オタク知識からのヒントを出す担い手に就任。
團は、事件には大きく口を出さず、あくまで蘊蓄を語っているのみ。
推理や問題解決は渡部に任される役割分担になっていて、渡部の主人公感はだいぶ増したのではなかろうか。

そして、問題解決に必要なオタク知識についても、造形家サイドに偏ることなく、紙知識が決め手になっていく。
職人技と知識だけで事件解決を目指すとは、科学捜査とは真逆とも言えるスタイルだが、それで真相に肉薄していくのは、ある種のカタルシスを感じるところ。
アナログだってやるんだぞ、というところに気持ち良さを覚えるのは、自分もオタクだからかもしれないが。

どのキャラクターも、ある程度デフォルメしている部分はあるけれど、團のキャラ設定が、かえってリアル。
渡部の主人公らしい行動力や、土生井のステレオタイプのオタク感に対して、團の距離感の詰め方がコントロールしきれていない感じや、オタク用語を連発するわけでもないのだけれど、受け答えの"イエス"が口癖になってしまって隠しきれていない後発的な社交性が、妙に生々しかった。
このシリーズは、変に味付けされて極端なキャラクターにされがちなオタクたちを、その道のプロフェッショナルとして丁寧に扱っているのが面白いというか、魅力になっているのだろうな。
シリーズとしては、連作短編のほうが向いているように思う。



総評(ネタバレ強め)


長編と連作短編、単純に比較できないが、「このミステリーがすごい! 」大賞をとったシリーズ1作目よりもキャラクターの個性が出ていて、立体感が出た印象。
例えるなら、1作目が謎の深みよりもスケールの大きさで勝負する劇場版、こちらはテーマに沿って着実に展開される連続ドラマといったイメージで、長編と短編の住み分けとしては、これはこれでありかもしれない。

「猫と子猫の円舞曲」は、ちょっと前作の雰囲気を感じさせる。
渡部の探偵的な行動力が実を結んだとはいえ、ミステリーとしては、團の造形能力で一本釣り。
やや味気ないので、なんらかの伏線になっているかとも期待したのだが、渡部を團と引き合わせるための布石となったことで満足すべきか。

「誰が為の英雄」が、総合的には一番良く出来た短編だったかな。
何に固執しているかは想像がつくものの、印刷や紙業界に詳しくないと結論にはとても辿り着けない。
日常の謎っぽいテーマの提示から、専門分野に持っていく強引さを、フィギュア作家を噛ませることで自然に溶け込ませているのがさすがである。

消えた凶器の謎、「偽りの刃の断罪」は、ミステリー的にもたまらない題材。
何が正解だったのか、という複雑な感情は残されるけれど、何においても真実が重要であるミステリーの概念からは外れた結論が公式ルートになることに、あくまでただの紙鑑定士である渡部の立ち位置を象徴していると言えそうだ。

土生井がフェードアウトしてしまった感があるのは寂しいものの、新キャラの團が十分に穴を埋めているので、層が確実に厚くなった。
刑事の石橋や、小学生の梨花など、今後も絡んでくるかは未知数ながら、脇を固めるキャラクターも揃ってきた感はある。
なお、本編にはほとんど登場しないのに、愛車が描かれることで存在感を示していた真理子には天晴。
読み口はライトだと思っていたけれど、こうして書き出してみると、ある意味で濃い口だったのではなかろうか。

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