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【ミステリーレビュー】掟上今日子の挑戦状/西尾維新(2015)

掟上今日子の挑戦状/西尾維新

"忘却探偵"シリーズ3作目となる西尾維新の短編集。


あらすじ


鯨井留可がアリバイ工作のために声をかけた女性は、眠るたびに記憶を失ってしまう忘却探偵・掟上今日子だった。
殺人事件が発生したと思われる時間に、自分と会っていたという男のアリバイは成立するのか。
証言者のいないアリバイ崩しに挑む「掟上今日子のアリバイ証言」、アパレルショップの試着室で起こった殺人事件、姿なき犯人を追い詰める「掟上今日子の密室講義」、証拠としては不十分なダイイングメッセージに隠された真意に迫る「掟上今日子の暗号表」の3編を収録。



概要/感想(ネタバレなし)


過去2作における視点人物は登場せず、オムニバス的な作風が強まったと言える第三弾。
「掟上今日子のアリバイ証言」と「掟上今日子の暗号表」は、所謂、倒叙モノ。
事件関係者が視点人物となっていて、これまでと違った趣を生んでいた。

共通しているのは、従来のような冤罪事件ではないこと。
無実の罪で疑われた人間が今日子に依頼をして、というきっかけではなく、警察が捜査の一環として今日子に捜査協力を依頼する、というストーリーになっていて、各事件の責任者となった肘折警部、遠浅警部、鈍磨警部が、これまで厄介や親切の立ち位置に近い役割を与えられている。
もっとも、事件の性質上、「掟上今日子のアリバイ証言」は今日子が自らアリバイの証人になっているという事情があったり、「掟上今日子の暗号表」については警察のスタンスとしてはあくまで斡旋したのみ。
正攻法のバディと言えるのは遠浅警部ぐらいであるが、パターンを変えて飽きさせないことを意図しているのであれば、それは奏功していると言えよう。

"だが"、"しかし"、"けれども"といった逆説の接続詞を連発して、冗長になるきらいのある文章に、個人的には苦手意識があるのだが、それを内省しているのが犯人であれば、やむを得ないかという気にもなる。
その意味では、遠浅警部の内省だけ立場に比して浮いてしまっている感があったので、少しもったいないか。
多作で知られる作家であり、引き出しは多いと思うだけに、いっそのこと、倒叙モノを集約したコンセプチュアルな短編集にしてしまってもよかったのかも。



総評(ネタバレ注意)


各章について、ネタバレを含んで感想を。
「掟上今日子のアリバイ証言」は、倒叙モノとして描きつつ、アリバイは崩す必要がなかった、というオチが上手い。
意図的にアリバイ工作をしているのが主観で明示されているので、鯨井が犯人、という前提を置いて読んでしまい、どうしたってアリバイ崩しにミスリードされてしまう。
現実においてそれでアリバイが成立するかはともかくとして、証人がアリバイを覚えていない=それまでに記載されたやりとりが事実として確定するということ。
フェアなミステリーであれば、ある意味でほころびが生まれようのない完璧なアリバイとも言い換えられる。
今日子を眠らせることで、証人が忘却探偵であるという不要な情報を整理し、強固なアリバイがあるなら、真相はこうであるはず、というシンプルな結論を導き出すことができたというプロットの巧みさを感じずにはいられない。

「掟上今日子の密室講義」は、もっとも従来のスタイルに近い。
視点人物となった遠浅警部が今日子に振り回され、結果、推理と引き換えに依頼料を搾り取られる。
ミステリー好きが高じて刑事になったという遠浅警部の設定には、推理バトルがはじまるのでは、というワクワクも感じられただけに、もっと厄介や親切とは違うぞ、といった貫禄を出してほしかったのが本音かな。
ミステリー読みであれば、あそこまでヒントを出してもらって見当もつかないなんてことはないだろうよ。
この手のミステリーとしては、かなりベタ。
密室というよりは、消失系のトリックに近いが、遠浅警部が急にポンコツ化したせいで、ダレてしまった部分がもったいないか。

「掟上今日子の暗号表」は、かなり独特。
犯人が自らの殺人を語る独白からスタートするのだが、どうしても被害者が残したダイイングメッセージが気になる、と今日子への依頼に繋がっていく。
金庫番号になりそう、というヒントがあったとはいえ、瞬間的にこれを見破ってしまうのはご都合主義と言えるのかもしれない。
ただし、11桁から25桁を推測するとか、実際はもうひと捻り加えてあったとか、そこからの転がし方はさすがだな、と。
なんでわざわざ金庫番号をダイイングメッセージにしたのか、という意図も見事に回収されていて、ミステリーとして美しさが際立っていた。

ちなみに、各事件の担当警部が依頼人(バディ)になると示された帯、読み始めるまでは深く考えていなかったけれど、鈍磨警部については完全にネタバレだよね。
表向きは、ダイイングメッセージを解読したい結納坂が依頼人。
警察は、ダイイングメッセージに対してアクションを起こした人物をマークしたかったことから裏で密約していたわけなので、バディであることがバレたらまずかったのでは。


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