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【ミステリーレビュー】向日葵の咲かない夏/道尾秀介(2005)

向日葵の咲かない夏/道尾秀介

第6回本格ミステリ大賞候補となった道尾秀介の衝撃作。



内容紹介


夏休みを迎える終業式の日。
先生に頼まれ、欠席した級友の家を訪れた。
きい、きい。
妙な音が聞こえる。S君は首を吊って死んでいた。
だがその衝撃もつかの間、彼の死体は忽然と消えてしまう。
一週間後、S君はあるものに姿を変えて現れた。
「僕は殺されたんだ」と訴えながら。
僕は妹のミカと、彼の無念を晴らすため、事件を追いはじめた。
あなたの目の前に広がる、もう一つの夏休み。

「BOOK」データベースより


解説/感想(ネタバレなし)


一種の特殊設定ミステリーとなるのだろうか。
S君の死体を発見したミチオが、蜘蛛になって再登場。
ミチオとは、普通に会話もできるらしい。
3歳の妹・ミカ、蜘蛛のS君という異常なパーティーでS君を殺した犯人に迫る、常に異常性がつきまとう物語である。

実は15年以上前に読んでいて、これが再読。
その不快なほどに視界が歪んでいくストーリーは、とにかくインパクトが大きくて、いつまでも最近読んだな、という感覚が抜けないでいた。
それが鉛のように重く心に残り、道尾秀介作品に食傷気味になったまま干支が一周。
気が付けば、大きな衝撃の感覚だけはリアルに思い出せる一方で、あらすじが曖昧という状態になっている。
あれから色々な作風のミステリーを読んだことだし、そろそろ読み直そうかと、再び手に取ることを決意した。

しかしながら、改めて読んでも気持ち悪い。
もちろん、褒め言葉として。
通常のミステリー的な耐性とは違うところに、このイヤミスの気持ち悪さは存在しているのだと思う。
3歳のミカがもっともまともなのでは、と思わせる狂った登場人物(人物ですらない者もいる)たちが、うだるような夏の暑さの中でぐんにゃりと歪んでいく、精神的なホラー作品と呼べるのかもしれない。



総評(ネタバレ注意)


この作品については、ネタバレを避けて語るのが難しい。
もっとも、本作の肝が明確になるのはオチと言える部分に突入してからで、小学生と幼女と蜘蛛という不思議な編成ではあるものの、犯人を突き止めようと容疑者と接近したり、ヒントを辿って結論まで推察したりと、大部分は正統派のミステリーといってもよさそうな展開。
たくさん語るべきところはありそうなのだが、結末まで読んだ時点で、作中における現実と虚構の境目がわからなくなると、もうそれをあらすじだとは言えなくなってしまうのだ。

結論としては、主観を疑え、ということに尽きるのだが、悔しいのは、まったくノーチャンスというわけでもないところだろう。
冒頭の違和感に、主観がおかしかったことは示唆されていたし、ところどころで辻褄が合わない部分が出てくるので、ヒントにはなり得る。
また、読者を欺くためだけに事実を曲げて伝えているのではなく、精神的な防衛反応として自分自身も欺いているのだとすれば、アンフェアだとは言い切れない。
それでも、狂っているのがひとりだけではないせいで、読み進めるたびに景色が崩れていく船酔いのような読み心地を生んでいて、叙述トリックを見破ったぞ、という腑に落ちた感がないまま、妄想の中に物語は完結。
つくづく、何を食べたらここまでぶっ飛んだプロットを思いつくのだろう、と天才と凡人の格の違いを見せつけられる作品であった。

ただでさえ人に薦めにくいイヤミスというサブジャンルの中でも、トップレベルで人に薦めにくい作品。
読み終わると、他人の夢の話を延々と聞かされているような疲労感。
真相がわかってもすっきりしない後味の悪さ。
だけど、刺激的な作品であることは間違いなく、これが賛か否か、薦めたからには感想を聞きたくなる、そんな1冊だ。

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