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【ミステリーレビュー】カラスの親指 by rule of CROW’s thumb/道尾秀介(2008)

カラスの親指 by rule of CROW’s thumb/道尾秀介

阿部寛の主演で2012年に映画化された、道尾秀介の長編ミステリー。



あらすじ


同僚の借金の保証人となったことがきっかけで人生に敗れ、詐欺師として生活しているタケと、同じく闇金との因縁により路頭にタケのもとに迷い転がり込んできたテツ。
中年男ふたりの生活は、母親が借金苦で自殺して以降、生活に窮してスリになった少女・まひろとの出会いによって一変。
その姉・やひろ、その恋人・貫太郎と、次々と同居人が増え、家族のような共同生活がはじまった。
しかし、タケには闇金の経理資料を警察に持ち出し、組織の恨みを買った過去があり、平穏な日々に、暗い影がちらつき出す。
嫌がらせはエスカレートしていき、飼い猫・トサカが変わり果てた姿で発見されたことにしびれを切らせた5人は、自分たちの人生を壊した組織への復讐として、一発逆転を賭けた詐欺を企てる。



概要/感想(ネタバレなし)


道尾秀介と言えば、「月と蟹」で直木賞を受賞した作家であり、この「カラスの親指」も、直木賞候補に選ばれた作品である。
しかし、個人的には2006年の「向日葵の咲かない夏」を読んだのが出会いであり、ぐんにゃりと視界が歪み、目が回ってしまうほどのアクの強さに、もう1冊!とならないまま15年ぐらい経ってしまっていた。
映画化されているものなら、多少読みやすいのではないかと、改めて手に取ってみたのが、この「カラスの親指」となる。

結果としては、食傷気味になっていたのを後悔するぐらいには面白かった。
ミステリーというよりも、コンゲームの要素が強いのだろうか。
それぞれに個性や特技があるキャラクターが集まり、大掛かりな計画を実行に移す。
やりとりにはどこかコミカルさがあり、どこまでが仕込みで、どこまでが偶発的なものなのか、終盤の展開には手に汗握らずにはいられない。
もちろん、最後まで読めば、確かにミステリーであったという納得感も。
突っ込みどころはあるのだろうが、それ以上に伏線回収の巧みさに唸らされること請け合いである。

5人が出会うまでに、少しページを割きすぎかな、と読んでいる途中は思っていたものの、読み終わって振り返ってみると、なるほど、まったく無駄ではない。
そう思うほどに、何でもないシーンにこそ重要なヒントが隠されていて、二度読み、三度読みもしたいぐらいだ。
それぞれ、背景には目をそむけたくなる暗い過去があるので、過去の回想については精神的に辛い部分もあるのだが、詐欺師である主人公に感情移入させるという前提においては、不可避性を語る必要はあったのだろう。



総評(ネタバレ強め)


テーマがテーマだけに、絶対に読者を騙してくるはず、と構えていたのだが、こちらの想像を軽く飛び越えてきたな、と。
何かあるとしたら、悪い意味での裏切り。
5人の中に内通者がいる、と決めつけて読んでいたので、成功したと思ったところで絶望に叩き落とされた瞬間は、ほらきた!と。

しかしながら、それはすべて著者の手のひらの上。
こういう展開に転んでいくのか、というプリミティブな驚きがあった。
叙述トリックに頼らず、真正面から正々堂々と"騙し"を仕込む。
登場人物が詐欺師だからこそ引き立つトリックである。

企てに向けて動き出す中盤~終盤から、面白さは右肩上がり。
そのうえで、待っているのがそんなスケールの大きいどんでん返しである。
この時点で評価されるのは必然の1冊だが、ラストシーンも気が利いていた。
事情が事情とはいえ、悪事に手を染めてしまった彼ら。
再起への道は開きつつも、どこか寂しさの残る結末を迎えるという落としどころは、絶妙の一言。
ささやかな日常を送っていることが、彼らにとってはハッピーエンドであるのは間違いないけれど、一攫千金で大団円とはなっていない。
この、過度に逆境から這い上がってきた人間を賛美しすぎない匙加減が、読者全体にとっての最大公約数だったのではないかな、と。

どんでん返しがあることによって、ミステリーと呼ばれるタイプの作品であり、謎解きの延長線上でミステリーを読んでいる人にはハマらないかもしれないが、エンターテインメント作品として秀逸。
道尾秀介という作家のイメージが、ガラっと変わった。
こちらを先に読んでいたら、もっと早く他の作品にも触れていただろうに。

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