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【ミステリーレビュー】なぜ、そのウイスキーが死を招いたのか/三沢陽一(2021)

なぜ、そのウイスキーが死を招いたのか/三沢陽一

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宮城県仙台市在住の作家、三沢陽一による短編集。

仙台の情報誌「りらく」に掲載された短編に、書き下ろしエピソードを1篇追加して、文庫化。
正統派の短編ミステリーとしてのプロットも然ることながら、思わずバーに足を運びたくなるウイスキーの描写も充実しているのは、情報誌発のミステリーならでは。
体質的にお酒が飲めない僕でも、ちょっと嗜んでみたくなるほどだった。
また、仙台に縁がある読者なら、"あの辺りかな?"と具体的な風景を頭に思い浮かべながら読むことができるように書かれているのもポイント。
イニシャルで出てくる企業名も、なんとなく想像できてしまうものが多くて面白い。

基本的には、ウェイティングバー「シェリー」を訪れた客が話すウイスキーにまつわる事件について、マスターの安藤が推理した解答を提示する、安楽椅子探偵的なストーリー。
高価なウイスキーをあえて凶器として用いた理由を探る「何故、ブラック・ボウモア四十二年は凶器になったのか?」。
スモーキーなウイスキーが死体にばらまかれていた目的は、という謎に挑む「何故、死体はオクトモアで濡れていたのか?」。
不動産王の孫が何者かに攫われ、身代金としてウイスキーを要求されるという不思議な誘拐事件、「何故、犯人はキンクレイスを要求したのか?」。
そして、書き下ろしとなった「何故、利きマッカランの会で悲劇は起きたのか?」では、富豪のウイスキー・コレクションを賭けた"利きマッカランの会"で起きた殺人事件の真相に迫る。
いずれも、ホワイダニットに絞ったシンプルな事件で、ミステリーとしてはあっさり目だが、縛りの多いテーマ性の中で、よくぞここまで興味深い短編にまとめたな、という感心のほうが上回る形だ。

掲載誌からも推察できるように、ミステリーファンよりも、ウイスキーや仙台というキーワードで本書を見つけてきた読者が対象なのだろう。
エンタメとして、ライトな謎解き感覚で楽しんでもらおうという作風。
ご時世的に、帰りがけの1杯は難しいのかもしれないが、通勤帰りの移動中にさらりと読むには適した作品かもしれない。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


とにかく、ウイスキーが美味しそうに感じる小説。
衒学主義的に蘊蓄を語るのではなく、素朴にウイスキーを楽しむことに賛美を送る中で、気の利いたトリビアを入れていくスタイルが巧妙。
希少価値の高いものや、ブランド力の強いものも語られはするが、コレクター的な楽しみ方には批判的な姿勢をとっており、庶民的な感覚で受け入れやすい。

ミステリーとしては正統派ゆえにわかりやすく、ガイダンス的な「何故、ブラック・ボウモア四十二年は凶器になったのか?」はともかくとして、「何故、犯人はキンクレイスを要求したのか?」あたりは、もう少し警察にも頑張ってほしいところだ。
面白かったのは、「何故、死体はオクトモアで濡れていたのか?」。
セオリー的には、何の匂いを隠したかったのか、という方向で考えてしまうのだが、真相はもっと単純。
メタ的な目線で、ウイスキーの特色に意味があると考えてしまうと見抜くことができなくなる引っ掛けがあり、アリバイトリックの陳腐さを帳消しにするぐらいには目から鱗であった。

4篇合わせて260頁程度とボリュームは少ないが、このぐらいがちょうど良い気もする。
本作の設定上、叙述トリックは使いにくいし、探偵が現場に出向く必要がある事件はご法度。
あと1、2篇あったとしたら、飽きてしまっていたと思われ、少し喰い足りなさはあるものの、パターンが枯渇する前に店じまいとする判断は妥当だったかと。
"新古典派"を標榜するという本来の作風でも読んでみたいものだ。

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