見出し画像

ユクスキュルへの道


 カワサキ少年は動物が大好きだった。その3.

 どれくらい好きかというと、獣医を目指すくらい好きだった。
北大の獣医学に行くのだと中学半ばまで息巻いていた。何故なら北大のキャンバスが好きだったし、乗馬部があるからだあった。気持ちのいい場所で乗馬がしたいだけだった。それと北海道が好きなのだった。ラーメンは味噌が好きだった。肉はラムが好きだった。

 しかし、中学半ばで気がついたのだ。私は動物が好きだけど、別に病気の犬や猫の腹を掻っ捌いてどうこうしたいわけではない。だいたい人間の都合で生まれた生き物を、人間の都合でいじくりまわすことには賛同しかねるのだった。獣医になりたい、といって具体的な獣医のイメージは何もなかったのだ。動物が好きだからといって、動物を救いたいわけではなかったのだ。むしろ少年は野生に入っていきたかった。

 なぜ獣医になりたいと思ったのか。少年は不思議に思って振り返った。
父方の祖父母が犬を飼った。小学六年生のときだ。白いポメラニアンで、名前を「ドクター」といった。名前の由来は私が獣医になりたがっているから。なりたいと思ったのはそれより前だ。私がドッグトレーニングマニュアルを読み、野鳥観察図鑑を読み、動物の声帯・形態模写をしているたびに、誰かが「獣医」に結び付けたのだった。それは、母だった。

 「あんたは本当に動物が好きね。そんなに好きなら、獣医になりなさい。食いっぱぐれないから」

 私はそれを想い出した当時、クイッパグレナイカラ、がリフレインしていくの感じていた。いつの間に私は、獣医になりたいと思っていた。動物が好きだから、ではなく、クイッパグレナイカラだったのだ。それに気がついてしまった私は、非常な嫌悪感に呑まれるとともに、抑制された欲望が一時に溢れてくるのを感じた。
動物になりたい。

 私の動物を見る目はいつからか、人間―動物関係の、人間側からではなくなっていた。動物―動物関係でしかなかった。

 犬と一緒に四つ這いで走りたかった。猫と一緒に隠れたかった。カラスと一緒に飛びたかった。ゲンゴロウと一緒に泳ぎたかった。オルカと一緒に歌いたかった。カワウソと冒険がしたかった。馬と一緒に駆け巡りたかった。鮭と一緒に滝を登りたかった。熊と一緒に冬眠したかった。オオカミの群れと暮らしたかった。私の欲望はそういうものだった。

 小学校の卒業文集にある「自分の夢」の項目、私の欄には、「動物50匹と日本列島を縦断する」と書いてあった。単純な幾何学的構成の顔の絵の上に、太く「アハハ」と添えられていた。それを見た中学最後の私は、衝撃を受けた。このカワサキ少年はどこへ行ってしまったのだろう。

 それからどこまでも動物的になった霊長目ヒト科カワサキ属カワサキは、すこぶる動物的なまま大学さえ出てしまった。
そして今、いくらか、人間に戻ってきているところである。もうかつての私ではないのである。

やあ、人間たち諸君。今日もキミたちは、人間のことばかり考えているのかね?


#雑文 #散文 #動物 #大好きだった #将来の夢 #夢 #目標 #獣医 #乗馬 #人間 #環世界

この記事が参加している募集

スキしてみて

「生きろ。そなたは美しい」