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憧れ


 カワサキ少年は動物が大好きだった。 その2

 どれくらい好きだったかというと、小学校の図書室にある本で、タイトルに動物の名前が書いてあるものは全て読むくらい好きだった。

幾種類もの動物がまとまって旅するもの、人間がうんと小さくなって動物たちと旅するもの、人間がそのままで動物たちと会話するもの、お手製のラッパを海面につけて吹き海中生物と共に歌うもの、オオカミの群れのボスとして暮らす男の話まであった。

 どれくらい読んでいたのかというと、小学校最後の通信簿に「最近は昼休みに外へ出て遊ぶようになりました。みんなと交流が持てるようになって嬉しいです」と書かれるくらいであった。
教室の後ろへ押し寄せられた机と椅子に挟まれて、何かしらの本をずっと読んでいたのである。何故外へ出始めるようになったのかは皆目不明である。ただそういう気分であったのだろう。

もしくは、大人(当時の考えでは高校生くらい)になったらアフリカへ弟子入りしに行こうとまで考えていた「ドリトル先生」が実在しない人物であることを、何かの拍子に知ってしまったからなのかもしれない。
何かの拍子にも何も、「フィクションです」と巻末に書いてあったのだが。
シリーズ全部を読んでなお、そんなところにはなかなか目がいかないものである。


 あれこれと読みふけっては知識を得て、近所の専門学校のお祭りへ行く。だから蹄鉄のこともどこかで読みかじったのだろう。

当時、一番の憧れの動物は、ガラパゴスオオイグアナだった。
なんてったって、水陸両用である。素晴らしい。岩の上で日向に当たるその姿の堂々とした様たるや、もはや恐竜である。なんてかっこいいのだろう。

彼らは海藻をよく食べる。サボテンもよく食べる。
もしかしたら中学生のとき、レイチェル・カーソンにハマり、ジャック・マイヨールにドはまりし、フリーダイビングの存在を知って、ウンベルトやピピンにハマり、イタリアにハマり、ギャングスタに憧れて、派手なチンピラみたいな恰好ばかりしていたのも、海藻を食べるガラパゴスオオイグアナに対する憧れの蒸留だったのかもしれない。

 時は大航海時代。彼ら海上の空腹の民はまったく常に飢えていたろうに、航路上に現れるだろうガラパゴス諸島のオオイグアナは、食料として乱獲されずに済んだ。
その風貌が強面な所為である。そうどこかの本で読んだ。
続いて本は、そのイグアナが実は菜食が主であり、海藻さえ食すから、見た目に反して肉は柔らかくヘルシーであるだろうに、海賊たちはずいぶんもったいない、貴重な資源を自ら逃したのだと教えてくれた。

 少年は感動した。
私の大好きな、憧れのガラパゴスオオイグアナはヘルシーなのだ!!
何故だか未だに分からないが、それは自慢であり、誇りに近かった。
いったい何をだかは、全く不明である。
おそらくは、その外見が語る印象に反して、内実の貴重性、実用的な価値を秘めているということが、格好よく映ったのだろう。
少年らしい感性じゃないか。漫画の主人公とはそういう特性を備えていやしないか?

 私はそれを誰かと共有したかった。語りたかった。
とはいえ、ガラパゴスオオイグアナがね、と話しかけたところで困惑する人の方が多かろう。
しかし、私は恵まれていたのだ。近所に動物の専門学校がある。みな動物が好きだろう。

 ある年の、専門学校のお祭りに行くと、果たしてガラパゴスオオイグアナそのものがいた。あのどうどうたる風体そのままに、少年の目の前に現れたのだった。
イグアナは青いツナギを着たお兄さんの腕に乗っている。

なんてことだろう。なんてことだろう。

お兄さんはイグアナを撫でさせてくれた。乾いた薄い皮膚だった。だるだるしていて、体の肉の上で皮膚は良く伸びた。格好いい。最高にイカス。なにこのふてぶてしい顔。眼が可愛い。頭とげとげだし。わあお。

 写真撮ってもらっていいですか? と興奮したまま少年はそばにいたお姉さんに頼んだ。
お姉さんもお兄さんも快諾してくれた。腕にイグアナをのせたお兄さんは嬉しそうに微笑みながら、少年に近くにおいでと手招きした。興奮しながら少年はお兄さんに言った。
「このイグアナって、美味しいんですよね!!??」


私の当時のアルバムには、数多のピントの合っていない、赤目の動物たちに紛れて、ぎこちない笑顔でピースを決めた私と、不機嫌なしかめ面を隠すことのできなかったお兄さんとイグアナの、スリーショットが残されている。
私は細いボーダーの、イグアナと同じような色合いのTシャツを着ているのだった。



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