01/09/2020:『Gonna Be Alright』
都心から電車に乗って1時間も来ただろうか。終点の2つ手前で降りる。住宅街の外れにある空港のターミナル駅。エスカレーターで登っていって、ロビーの様子を見てみた。大型連休直前で大層賑わっていると思ったけどそんなことはなくて、全然、全く人がいなかった。かろうじて見つけたクレジットカードの勧誘ブースの女性に声をかけたけど、
「連休前だからね。私だって帰りたいわよ。」
と、すごく気怠そうな顔をして言われた。
予約していたエアポートホステルまでのタクシーを探す。駐車場前の乗り場にブースがあって大げさなコートを着た2mくらいの男の人がいた。
「15分で行けるよ。締め前だからキャッシュだと助かるけど、大丈夫かな?」
と、優しい笑顔で言われた。
「もちろん。明日出国だし、使い切っておくよ。」
と、答えて一緒に乗り込んだ。ゆったりとしたセダンはいくつかの立体交差とインターセクションをすり抜けて、街灯のない住宅街へと入っていった。
小雨が降っていて、骨だけになった木々が空よりも黒く道路脇にずっと立っていた。家々には明かりが点いていたりいなかったりで、なんだかとても寂しく感じた。
明かりがなくて寂しく見えることと、寂しい街で明かりを灯すことは、どちらの方が寂しいのだろうか。
「明日行くって、どこへ行くんだい?」
カーステレオの音量を落として運転手がミラー越しに白い歯を覗かせた。
「おー、それはいいね。僕は写真でしか見たことがないけど、うん、いいね。」
行き先を告げると、こんな風に返してくれた。
相変わらず暗い道を行った先、番地の行き止まりにホステルがあって、砂利の駐車場に車を停めると、
「いってらっしゃい。いい旅を。」
と、スーツケースを下ろした後で握手をして別れた。
・・・
受付にはなぜか3人も人がいて、それにその3人はそれぞれがそっくりだった。浅黒い肌に密集した顔髭、薄くなった頭。
「兄弟?」
と、聞いてみると、
「人類みな兄弟さ。」
と、同じような顔をして言われた。「それもそうだね」と返して、突き当たり奥の部屋に向かった。
部屋はベッドの脇に何とかスーツケースを置けるくらいの広さしかなくて、それでも一人だった僕にはちょうどいいように思った。まだ夕食時だったが、こんなところに食べるところなんてあるかしらと、受付の3人兄弟に聞いてみた。
「出て左に行くと大きい道路にぶつかる。それをまた左に曲がればいくつかあるよ。だけど、今日はやってるかな。行ってごらんよ。」
と、教えてくれた。
さっきタクシーで通って来た道を逆方向に歩く。歩道は寒さのせいで湿っていて、冬の匂いが僕を包み、そしてアスファルトを踏むブーツの音がそれと一緒になった。
指示通りに進むと、いくつか飲食店があった。ケバブ、フライドチキン、中華料理屋。少し悩んで、僕は中華料理屋の自動ドアを潜った。
中にはカウンターしかなくて、どうやらテイクアウト専門らしい。僕と同じくらいのツルツルした肌をしたアジア人が出て来た。
「こんばんは、何にしますか。」
完璧に現地の言葉を話していた。きっとこっちの生まれなんだろう。
「このセットをお願いします。後ミネラルウォーター。」
「はい。少し時間かかるけど、大丈夫?今注文たくさんで。」
と、申し訳なさそうに言った。「もちろん」と言って、僕は壁際のソファに座った。黄色い蛍光灯に照らされた店内は、安っぽい掛け軸がかけられていて、脇のテーブルには二日前のタブロイド紙がいくつか置かれていた。
「日本人ですか。」
と、さっきの彼が日本語で聞いて来た。
「うん、そうだよ。」
僕は少し驚きつつ答えた。
「少し勉強しました。アニメと漫画、あとはJ-popで。」
そういうと彼はスマホでアイドルグループの写真を見せてきた。僕が学生の頃に人気だった子が映っていた。今は女優になっていろんなドラマや映画に出ている。きっと彼ならそれらも漏れなくチェックしているんだろうけど。
チーンとベルがなって、彼が裏に行くとそこには僕独りきりになってしまって、BGMもないもんだがらただ厨房から聞こえる調理器具がぶつかり合う音や、水を流す音、何かを炒めているような感じの音が聞こえた。
窓ガラスには僕が映っていて、その向こうに暗い夜の道路も見えた。車が一台も通らないからずっと暗いままで、もしかするとこのまま朝が来ても暗いんじゃないかと思った。
「できました。どうぞ。」
と、彼が厨房から出てきた。アルミホイル板の入れ物が2つ、ビニール袋の中に重なっていた。
「あれ、これは?」
と、聞くと、
「それはスープ。サービスですよ。」
と、笑顔で教えてくれた。
「人類みな兄弟。」
僕はウィンクをしてお代を払い、ビニール袋を受け取った。
自動ドアが開こうとした時、
「おー、いいですね。」
と、笑った彼の顔がガラス越しに見えた。
・・・
早朝チェクアウトする時は、3兄弟の姿はなくて白髪混じりのおじさんがアテンドしてくれた。
「朝は冷えるね。」
と、言いながら領収書をくれた。予約しておいたシャトルの運転手が待っていて、
「今朝も寒いな。」
と、同じようなことを言われた。まさか兄弟かとも思ったけど、あまりにも寒い朝だったから僕は何も訊かずにバンの後部座席に乗った。
昨日真っ暗だった道にも朝は来ていて、だけどどっぷりと曇っているから全体的に悲しい雰囲気が僕の視界に広がっていた。歩道脇の芝生には軽く霜が降りている。はっきり見えれば見えるほどその現実に心が追いつけないかのように、ただ車に揺られて過ぎていく景色を眺めていた。
昨日の夜よりも空港までの道のりは短く感じた。ロータリーでバンが止まってスライドドアを開けると、冷気が顔に張り付くようで僕はマフラーに顔を埋めた。
「じゃ、いい旅を。またいつかな、兄弟。」
と、運転手が微笑んでくれた。
僕は待ち構えていたかのようにしっかりと顔を上げて、
「うん、ありがとう。帰りも気をつけて。」
と、答えた。
寒い寒い冬の朝に飛行機が飛び立つ音が聞こえた。
・・・
今日も等しく夜が来ました。
Robert Glasper Experimentで『Gonna Be Alright』。
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