見出し画像

劣等感と戦い続けた私とポジウィルの出会い

無敵の順風満帆人生だと思っていた。

自分で言うのもなんだけれど、順風満帆な人生だったんだと思う。
新潟県で希望の高校に進学し、伸び伸びと育った。
無理だと思っていた北海道大学も奇跡的に現役で合格し、そのまま大学院へ進学。
勉強以外では小学4年生の頃からバスケットボールに打ち込み、本気で全国の舞台を目指していた。
その後、新卒で大手日系メーカーブリヂストンへ就職。
2年間技術営業を経験した後、外資系コンサルティング会社 アクセンチュアへ転職。
そんな私がなぜ、ポジウィルに転職したのか。
自己紹介も兼ねて話そうと思う。


勉強ができる兄、運動ができる姉への劣等感

共働きの両親は忙しく、一緒に過ごす時間は少なかったけど、たくさんの愛情を与えてくれた。
勉強ができて要領がよかった兄は、そのやり方を丁寧に教えてくれたし、
バスケットボールで選抜選手だった姉は寡黙だったけど、挑戦し続ける姿は憧れだった。
教職という仕事に誠実に向き合う両親と、なんでも要領よくこなす兄、挑戦し続ける姉、
完璧にも思える家族に囲まれて、幸せだったけど、その一方で常に劣等感は感じていた。
「兄は勉強が、姉にはバスケットボールという武器がある。自分はどちらも中途半端で武器がない。だから誰よりも努力して欲しいものを手に入れるしかないんだ。」
中学生の頃、そんな風に考え始めたのを覚えている。
そしてこの劣等感はその後知らず知らずに自分を苦しめていた。


劣等感を原動力に、走り続けた学生時代

学校のテストも、潔癖症を疑われるくらい教科書を隅から隅まで勉強し、大学受験では日本に存在する全国立大学の赤本を解いた。
小4からはじめたバスケットボールでは毎朝誰よりも早く体育館について1000本のシューティングを欠かさなかったし、寝る前に何本も試合のビデオを見て研究した。
頑張り続ければ、その分だけ結果がでた。だから目の前にある目標に向かって頑張り続けることが当たり前だったし、途中で辞めたり諦めたりする選択肢なんて知らなかった。


狂い始めた歯車

社会人になってからも、私は頑張り続けた。メーカーで技術営業している頃は、理不尽なこともたくさん言われたし、今日帰る場所がどこかわからなくなるくらい出張続きの毎日でも、「あいちゃん、努力家だね」とか「気持ちが熱いね」と言われたり、アワード表彰なんかを貰うことで心を満たしていた。
自分が「頑張ること」が当たり前だからこそ、頑張っていなかったり、結果を出せない同僚や上司を責めたりした。振り返るとそこに自分なりの頑張る意味など見出さず、むしろ頑張ることが目的になっていた。
なぜか心は潰れず、体もピンピンしていたので、自分はもっともっと頑張れると思った。結局ただ頑張る自分に酔っていただけだったのに。
そんな空虚な頑張り屋の自分と自信を携えて、「私はもっと頑張れる。もっと挑戦したい。」と社会人3年目の6月、外資コンサルへ転職を決めた。目標なんてなかった。強いて言うなら「いつかやりたいことができた『未来の自分』のために力をつけておこう」そんなところだった。


頑張ることをやめて見えたこと

ここで初めて人生の壁にぶつかった。
こんなに努力し続けてきたし、頑張り続けてきた私が、なぜか全く頑張れなくなった。
行き詰まることやできないことがあっても、すぐに諦めた。
全てを投げ出したいとまで思ったし、とにかく何に対してもやる気が起きなかった。

一方で土日は遊びまくり、「もっと挑戦したい」と選択したはずの当時の気概はもうなくなっていた。人生で初めて、何かがおかしいと思った。
こんなに頑張ってきたのに、なんでこんなにも満たされないんだろう。
頑張れない自分を責める日々が続いた。それでも仕事はしなきゃいけない、でも頑張れない、そしてまた自分を責める、最低な悪循環だった。

「一回、頑張るのを辞めよう」

これはなかなか自分にとっては勇気のいる決断だった。でも、今自分としっかり向き合わないと自分が壊れそうな気がした。
そこで自分と真剣に向き合うなかで、
「自分はいつまで、いつかくる未来の自分のために頑張り続けなきゃいけないのか」
とふと考えた。
私は兄と姉に劣等感を抱いたあの日から、ずっと全速力で走ってきた。まだ学生の頃はわかりやすい目標があったからよかった。ただ社会人になってから私は「いつかくる未来の自分」のために空を掴むような目標に向かって走り、それは思っている以上に自分の心を蝕んでいたことに気づいた。
「“今”の私はどういう状態であることを望んでいるんだろう」
そう問い続けた先に出てきた答えは、「私と同じように悩む人の力になりたい」だった。
大きくなり続けた私の努力エンジンを、ただガムシャラに消費するのではなく、私と同じように悩む人の力になることに使いたい、とそう思ったのだ。


ポジウィルとの出会い

そんなとき、偶然にもTwitterでポジウィルの存在を知り、その世界観に衝撃を受けた。
まさに私の心の中を言語化しているようだった。
仕事にもキャリアにも生き方にも正解はないのに、選択肢と情報だけは無限に溢れているこの世の中で、迷ってる人の力になりたい。
もっと、自由に、自分のために生きる人を増やしたい。意を決して代表にDMを送った。


正直、スタートアップにいくのは怖かった。失敗したことがない人は、失敗を恐れないなんて嘘だ。失敗したことがないからこそ、失敗することや頑張っても成果が出ないことが一番怖い。


「どうすべきか、じゃなくてあいちゃんはどうしたいの?」

迷っている私に、面談で向けられたこの言葉が、入社の決め手だった。
ずっと綺麗なレールの上を、無邪気に努力しながら走ってきた私が、27才にして3社目を経験するとは思わなかったし、まさか自分がスタートアップで、しかも未経験の広報をやるとは、想像もつかなかった。


頑張った自分を褒めたり、頑張れない自分を責めたり、忙しい人生だなと思うし、「なにをそんなに生き急いでるの?」と聞かれることもある。
ただ、自分のこのエネルギーを自分が信じるもののために使いたい。頑張りすぎて壊れそうになったら立ち止まる勇気もあるし、自分で自分を休ませてあげる方法もこの数年で身に付けた。
そして、頑張る私を認めてくれて、褒めてくれて、励ましてくれた家族、友人、これまでの同僚、上司、バスケット仲間、私と関わってきた全ての人に感謝しているし、ポジウィルという会社に出会えたことを幸せに思う。


ここからが、私の本当のスタート。
私らしく、前向きに、メンバーとお客様、そして生きづらくもたくさんのチャンスと希望に溢れるこの世界に、愛をもってこれからもチャレンジし続けたいし、頑張り続けたいと思う。

良い大学、良い企業に入ったのに、頑張れない、頑張っても満たされない、そんな想いを抱えている方、無料相談できます。まだまだ世の中にチャンスと希望はあります!

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
91
ポジウィル株式会社広報PR