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「お金持ちになれる黄金の羽の拾い方 知的人生設計入門」 持ち家という人生の大きな買い物 持ち家VS賃貸

こんにちは。齋藤です。

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サラリーマン時代には、正直あまりお金に興味はなく、漠然と給与明細や源泉徴収票をながめるのみで、預金口座の残高もそれほど気にはならなかったのですが、サラリーマンを辞めて個人事業主となったとたん、さまざまな支出がおそいかかり、しかも、支出額が毎月の経理等を通して見える化されますので、お金のことを日々考えざるを得なくなりました。

また、サラリーマン時代は数年おきの転勤が前提だったのですが、独立開業して晴れて滋賀県に落ち着くことになり、これまで以上に、これからの人生設計というものを意識するようになりました。

そんな中、日経平均株価が約30年ぶりに3万円を超えたというような、マネーに関する景気の良いニュースを聞くと、財テクのことが気になってきます。

そこで、久しぶりにこの本↓↓↓を本棚から取り出しました。

本書は2002年発行なのですが、2017年に新版が出ているようです。


旧版が発行された2002年当時とは株式投資の平均的な利回りや住宅ローンの利率、不動産価格等が全く異なっているため、単純に2002年版の記載が現在に当てはまらない部分も出てきているかと思いますが、おおもとになっている考え方自体は現在にも当然当てはまるはずのものですし、そもそも新版は持っていませんので、ここはあえて2002年版にのっとって書かせて頂こうと思います。

この本には、お金にまつわる様々な話が書かれていますが、今回は、「持ち家か賃貸か」というテーマについて紹介していきたいと思います。

●なぜ、このテーマなのか

なぜ、最初にこのテーマなのかといいますと、実際に私が現在進行形で真剣に悩んでいるからなのです。
現在私は賃貸マンションに住んでいますが、特に今の家が気に入っているわけでもなく、果たして引っ越すべきか、それとも、いっそ滋賀で家を買おうか、という人生の岐路に立っています。
そこで、一度このテーマについて本気で検討し、ここでの検討を通じて、この、人生の重大な選択について一定の回答を出したいと思います。

●マイホームへのあこがれ

みなさまは、「マイホーム」と言われたとき、どんな家を想像するでしょうか?

私が「マイホーム」と聞いてパッと思いつくのは、一戸建て、それも庭付き、駐車場付きの家です。
多くの方が「マイホーム」にはそのようなイメージを抱いておられるのではないでしょうか。

別に「私の家」ということなのですから、アパートだろうがマンションだろうが構わないわけですが、なぜか一戸建てです。
ここに、私たち日本人の一戸建てに対する特別な感情を見ることができるように思われます。

木造住宅が一般的であった日本において、集合住宅といえば長屋であり、そこから離れて一軒家を建てるというのが、江戸~明治・大正・昭和の近代日本における一種のステータスとなっていたことは、想像に難くありません。
こうした感覚は、平成を経た令和の現代においても引き継がれており、集合住宅=賃貸、戸建て住宅=持ち家、という感覚につながっているのだと思われます。

もちろん、持ち家=一戸建て、というわけではなく、当然、分譲マンションを購入する場合もあります。
しかし、私のようにわりと伝統的価値観を重んじるタイプの人間は、どうせ持ち家を購入するなら、分譲マンションではなく、一戸建てだな、などと考えるわけです。

●家を持つことの精神的価値

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家を買う、ということは、我々に日本人にとって特別な意味を持っているように思います。
しかし、家を買うことのメリットとして、「精神的な価値」が語られることは少なくありません。

確かに、「持ち家を持ってはじめて一人前」というような価値観はいまやカビの生えたものといえるでしょうが、例えば、「自分が汗水たらして働いたお金で購入した我が家だからこそ愛着がわく」とか、「持ち家だからこそ、のちの明渡し・原状回復を気にせず自由に使える(壁に釘を打とうが、子供が落書きしようが自由)」ということを家を買うことのメリットと捉えることは私の中では当然首肯されてしかるべきものです。
また、やはり、自分のものとして所有することにより愛着がわくという感覚は誰しも当然持っているものと言えます。

例えば、車が好きで休日には我が子をいつくしむようにワックスがけを施している御仁でも、同じ型の車であっても、車検の折に借りた代車を同様に磨き上げることはしないわけです。
そこには、確実に、自分のものだからより手入れをする、というような感覚があり、それは家であっても同じことのように思われます。

私は今、賃貸マンションに住んでおりますが、一週間に1回か2回しか掃除機をかけません。
しかし、これが持ち家になりますと、最初のうちだけかもしれませんが、おそらく掃除機をかけまくると思われます。
自分のものだと途端に手入れをしたくなる、普通はそういうものではないでしょうか。

また、「俺は家を持っているんだ」という強烈な自負が心の中で芽生えるものなのかもしれません。
正直言って、借家に住んでいる私は、「ここは俺んちだ」というセリフを吐くことに抵抗があります。
しかし、おそらく数千万円に上る人生最大の買い物を無事成し遂げたという自負は、自分の家を持っているという事実とあいまって、私を一家の大黒柱へと成長させてくれるのかもしれません。

このように、家を所有することで、精神的な価値がついてくるのは間違いないといえるのではないでしょうか。

●経済的な価値

突然ですが、所有権とは、使用価値と交換価値を把握すること、と捉えられており、ここにおいては、上述してきた「所有する喜び」のような精神的な価値は評価の埒外に置かれることになります。
「プライスレス」と言えば聞こえはいいですが、「使用価値」と「交換価値」のいずれにも該当しないため、金銭的評価を受けられないのです。

この本で、著者は、

「同じ家を所有しようが賃貸しようが、使用価値に変わりはありません。家を所有すればそれだけで幸福度が増すというのは、かなり特殊な思想です。それが個人のアイデンティティにまで達すれば(「家を買えば私は変われる!」)、カルトの一種というほかありません」

とまで言い切ります。

不動産を単なる資産と捉えますと、そこでは経済的な価値のみが問題となり、精神的な価値は捨象されねばなりません。
金銭的な評価に限定すれば、家の価値は、土地の値段と建物の値段の合計ということになります。
そして、この本では、このように経済的価値で比較した場合に、家を買うべきか、賃貸か、ということについて検討がなされています。

以下では、家を買うということについての著者の見解をかいつまんで紹介していきます。なるほど、と思っていただける部分が必ずあるものと思います。

●「家を買うのは、株式に投資するのと同じである。」

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著者によりますと、「家を買うのは、株式に投資するのと同じである」とのことです。

以下のような例で考えてみます。

ある人が3000万円の預金を持ち、かつ、時価3000万円相当のマンションを家賃12万5000円(年間150万円)で借りているとします。
この人が、仮に3000万円の預金でマンションを買い取ると、年間150万円の家賃が浮くことになります。
他方、3000万円の預金でマンションを買わず、これを株式に投資したとすると、仮に年5%の配当を受けることができれば、年間150万円が得られます。

つまり、年150万円の家賃を払って時価3000万円の不動産を借りるということは、大家さんに年5%の利息を支払うことと同義であり、
3000万円の預金を5%超の利回りで運用できるならば、マンションを買わずに賃貸のままのほうがよい、ということになります。

私見ですが、この点については、果たして、株式投資等で5%超の利回りで運用することが確実に可能なのか、という問題が出くるように思われます。
もちろん、1株の配当利回りが5%を超える会社もあまたあるわけで、こうした株式に投資すれば、5%超の利回りで運用できることもあり得ます。

しかし、このコロナの折、株式投資には大きなリスクがつきまといます。
コロナウイルスの感染拡大による株価下落→コロナウイルス終息による株価回復でのキャピタルゲインを狙うという考えの人は多いでしょうが、
今後コロナウイルスがどうなっていくのかという確たる情報を持ち合わせていなければ、運任せにならざるを得ず、大きなリスクを背負うことになります。
このように考えますと、5%超という高利回りでの運用は全く確実とは言えない状況にあります。

そうすると、上記の例であれば、3000万円の預金があっても5%超の利回りで運用することはできないのだから、そのお金で家を買って、家賃による支出を防ぐべき、という考え方はあり得ることになります。


●「不動産はリスク商品である。」

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不動産は、株式同様価格が変動します。そして、その値動きは、コロナ禍の現在において、株式同様、やはり相当読み切ることが難しいものとなっています。

上記の例で、仮に不動産相場が下落し、物件価格が10年後に3分の1まで下がるのなら、3000万円で購入したマンションは1000万円でしか売れませんから、2000万円の売却損が出ます。
一方、年150万円の家賃を10年節約しても1500万円にしかならないので、トータルは賃貸のほうが得という話になります。

この本では、将来の株価や将来の不動産価格を予測することは不可能であるという前提に立っていますので、不動産を所有することで、地価が上がれば儲かり、下がれば損をするが、上がるか下がるかを確実に予測することは誰にもできないという結論になります。
そうすると、不動産のリスクプレミアム(リスクを採ることによって得られる報酬)が株式等の他の資産運用手段から得られる報酬よりも有利な時にはじめて、不動産を購入する経済合理性が生まれるということになるわけです。


●「住宅ローンは株式の信用取引と同じである。」

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次に、住宅ローンを借りて不動産を購入するケースを考えます。

まずは、株の信用取引について簡単に説明しておきます。

株式の信用取引とは、保証金(現金や上場株式等)を担保に、保証金の数倍(約3.3倍まで)の金額の株取引をすることです。保証金と取引額の差額分を証券会社から借り入れたことになります。

自己資金以上の金額を借り入れて取引をすることを「レバレッジ(てこ)をかける」と言いますが、レバレッジをかけることのメリット・デメリットを簡単に説明しますと、

例えば自己資金100万円のみで株式の現物取引をすれば、仮に株価が倍になった場合、利益は100万円、株価が2分の1になった場合、損失は50万円となります。

他方で、自己資金100万円を保証金として信用取引で合計300万円を運用した場合、株価が倍になった場合の利益は、600万円―100万円=500万円、株価が2分の1となった場合の損失は、300×2分の1=150万円となり、200万円を信用で借り入れているわけですから、150万円が証券会社への負債となってしまいます。

このように、信用取引では自己資金の最大約3.3倍の取引を行って、自己資金だけでは得られなかったはずの利益を得られるというメリットがある一方、株価が下落すれば、たちまち自己資金以上の損失が発生し負債が残る可能性があるわけです。

信用取引とは上述のような構造になっているのですが、本書では、住宅ローンを借りて不動産を購入する場合も同じ構造であるとされています。

仮に、不動産の購入にあたっては、頭金(自己資本)を20%とし、その4倍程度のローンを組んだ場合、元本を基準にすれば5倍のレバレッジで不動産に投資することになるわけですから、利益も損失も5倍に膨らみます。
やっていることとしては、レバレッジをかけて金融資産(株や先物)を運用することと同義というわけです。

「住宅ローンを組んで家を買ったほうが有利だ」という場合、これは、投資の戦略として「借金をして信用取引で株を買ったほうが有利だ」ということを述べているのと同じことなのです。

確かに地価(株価)が上昇すれば、レバレッジの分だけ収益率は高くなります。逆に地価(株価)が下落すれば損失は膨らみます。
不動産の営業マンが顧客に住宅ローンの利用を勧めるのは株式の信用取引や先物取引の勧誘と同じこと、ということになるわけです。


●「住宅ローンの返済は貯金ではない。」

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住宅ローンを借りている人の多くは、自分がハイリスクな投資をしているとは考えません。
まして、ローンの返済を積立貯金の一種と考えている人さえいます。

これは、ローンの返済が終われば不動産が自分のものとなるからです。それに対して30年間賃料を払い続けても手元には何も残りません。
この点だけを見れば、圧倒的に持ち家が有利に見えます。

しかし、賃貸と持ち家でそれほど大きな違いがあるのでしょうか。
 
賃貸は、大家さんに対して利息(リース料)を支払っているのと同じことです。ただし、このリース契約は、物件を返却することで、いつでも好きな時に解約できます。
住宅ローンで不動産を購入した人は、銀行に利息と元金を返済しています。この契約は、ローンの残額を払い終わるまで解消することはできません。
賃貸は利息しか払わないので、当然負担は軽くなりますが、永久に不動産は自分のものにはなりません。

一方、住宅ローンは利息と共に元金を返済する分だけ、負担が重くなります。その代わり、ローンの返済が終われば(元金をすべて支払えば)、不動産は自分のものになります。
これは要するに、リースの方法が違うだけなので、理屈の上では損得は生じません

例えば、5年のリースで車を借りようとしたときに、
①毎月のリース料が安い代わりに、5年後には車を販売店に返却しなくてはならない場合 と、
②毎月のリース料が高い代わりに、5年後には車を引き取ることができるという場合
結局どちらが得かというと、どちらも同じという結論になります。
なぜなら、リース料の差額は、5年後の中古車の売却価格に等しいはずだからです。

私はこのたとえでかなりハッとさせられました。

●「永住を前提に家を買っても、持ち家は有利にならない。」

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持ち家と賃貸に優劣がないとすると、住宅ローンを組んで家を買うのは、地価が右肩上がりの時にのみ有効な戦略であることは明らかです。
不動産価格がローンの返済総額を上回って上昇してはじめて、借金(ローン)が「貯金」になるわけです。
ここで、永住することを前提にすれば、地価が下落しようが、気に入った家に住み続けられるわけだから、損はしない、という考え方があります。
しかし、これは、株取引において、金銭的価値としては下落していたとしても、含み損を顕在化させなければ問題ない、ということと同じようなもので、塩漬けにしたとしても損をしていることに変わりはないわけです。


●「30年後に手に入った我が家に価値はない。」

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さらに、問題は、30年後に手に入った「我が家」の価値は、既に相当下落していることです。
仮に木造建築であれば、築30年の木造の建物の価値はゼロ査定に近い場合もあり得ます。
一方、賃貸の側は、建物が古くなって気に入らなくなれば、いつでも新しいところに転居することが可能です。


●「市場経済では賃貸と持ち家に優劣はない。」

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不動産の理論価格=賃料÷期待収益率
つまり、年間賃料150万円(=月額賃料12万5000円)÷期待収益率5%=不動産の理論価格3000万円ということになります。

このように見ると、不動産の理論価格と賃料は密接な関係にあり、結果的に賃貸と買取といずれを選んでも優劣が発生しないところで賃料と不動産価格が決定されているわけです。
このように見ていきますと、持ち家と賃貸とで経済的にどちらが得という話ではないことが分かります。

●結論

以上からすると、経済的には持ち家と賃貸とに差はないことになります。
家を所有するなら、地価の上昇・下落によって不動産価値が左右されることになり、リスクを抱えることになります。
住宅ローンの支払いを終えた後、建物の価値が下落していることはほぼ間違いなく、あとは土地の値段がどうなっているのかは神のみぞ知ることになります。
結局のところ、以下のようなそれぞれのメリットについて、どう考えていくかに応じて、持ち家か賃貸かを決めていくことになるのでしょう。

・家を所有する喜び、という精神的な部分に価値を求めるなら→持ち家
・地価が上昇すると予測するなら→持ち家
・新しい家に住みたい、ご近所トラブルから自由になりたい、生活水準や家族構成で住む家を変えたいなら→賃貸

で、結局私はどうするのか、と言われますと、とりあえず、私はこのまま賃貸に住み続けようかなというのが結論です。

特にここに住みたいという家があるわけでもないですし、さらに言えば、滋賀の中でどのエリアに住みたいという点も自分の中では定まっていませんので。

とりあえずの結論としては賃貸なのですが、やはり庭付き一戸建てに住んでみたいというマイホームへのあこがれは間違いなくありますので、今後もこのテーマについては折に触れて検討していきたいと思います。


長文をお読み頂きましてありがとうございました。

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