見出し画像

弱さも強み。プロレスはとってもダイバーシティ社会なのだ⁉︎

先日記事で読んだのですが、プロレスラーの浅井嘉浩さんがプロレス文化PRでメキシコから表彰されました。
リングネーム「ウルティモ・ドラゴン」。
日本に本格的なメキシコプロレスの魅力を根付かせた日本人レスラーの象徴とも言える方で、日本のみならずメキシコはもちろん、全米でも大活躍されています。

「新日本プロレス」新弟子検査、不合格!

そんな浅井さん、レスラーを目指したきっかけはテレビで見たアントニオ猪木さんと、初代タイガーマスク佐山聡さんへの憧れだとのこと。
実は、時を経た浅井さん、上記のウルティモ・ドラゴンだけではなく、2代目「ザ・タイガー」としてリングに上がっているので、もしかすると、佐山さんよりタイガーマスクへの憧れが大きかったのかもしれません。
という流れで、自然と?「新日本プロレス」の門を叩くのですが、不合格。体力テストなどフィジカル能力は問題なかったのですが、申請した身長178cmに対して、実際は170cmしかなく、身長不十分ということで。。。
当時、「プロレスとは最強の格闘技である」という宣言のもと、ストロングプロレスを提唱していた「新日本プロレス」において、「レスラー=強い」がメッセージであり、身長もその要素(見た目的な?)だったのかもしれません。

山本小鉄の内弟子からメキシコへ

しかし、諦めきれない浅井さん。
あるルートから、当時「新日本の鬼軍曹」と言われていた山本小鉄さんを紹介され、道場での練習を許可されるようになりました。
ちなみに、山本小鉄さんの身長も170cm。
何か通じるものがあったのかもしれません。
そして、小鉄さんの内弟子となった浅井さん。
そのルートでメキシコへの挑戦するチャンスを手に入れます。
その後の活躍はプロレスファンであれば誰もが知るところ。
世界的人気レスラーになっていくのです。

レスラー養成学校「闘龍門」は入門条件不問

メキシコでチャンスを掴んだ浅井さんは、その恩返しの意味も込めてか1997年にメキシコでレスラー養成学校「闘龍門」を開設します。
およそ10年の間に200人を指導しました。
その養成学校への入門は、かつて自身が身長の規定により不合格となったことを踏まえて?か、条件不問。
ゆえに、小柄で非力な若者も集まってきました。
そんな弟子に浅井さんは、「力が弱ければ世界一弱いレスラーを目指して、お客さんを喜ばせろ」と声をかけ、個性を引き出していったそうです。
お客さんを喜ばせる、という目標の前では全てが個性であり可能性である。
これ、プロレスに限らずエンターテイメントのとても素敵な本質なのではないかと思います。

エンターテイメントとダイバーシティ&インクルージョン

昨今、「ダイバーシティ&インクルージョン」という言葉が重要視され、企業や行政など色々な取り組みをしています。
これについて、私が何か偉そうに定義する気はありませんが、強い人が弱い人も許容する、というのではなく、「闘龍門」での浅井さんの言葉から想像するに、「お前のそんなに弱いところ、いいなー、めちゃ悔しい!羨ましい!」となるプロレスとエンターテイメントの世界というのは、とても素敵だな、と思うのでした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?