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エコロジカル・アプローチ@バレーボール【8/16】「言語化」の留意点

エコロジカル・アプローチ@バレーボール【7/16】「言語化」はどこまで可能か?からの続きです。

「言語化」について重要なこととして、さらに書籍で述べられていることを紹介しておきたいと思います。

  エコロジカル・アプローチの親学問である生態心理学の中心的な研究者であるギブソンは、環境に関する知識を、運動を制御する知識の「Knowledge of(環境)」と、そうではない知識の「Knowledge about(環境)」に区別しています(Gibson、1966)。その上で指摘しているのは、運動を制御する知識は必ずしも言語化できず、言語化すると不正確になる可能性があるということです。その一方で「Knowledge about(環境)」の知識は、本質的に言語化によって他人と共有するための知識であるとしています。絵やその他の記号を含めたあらゆるタイプのコード化により他人と共有できる知識全般を指してい ます。ギブソンによるこの区分が意味しているのは、運動に使われる知識と言語によって表現できる知識は別のものであるという可能性です。この区分が正しいならば、コーチによる言語的な指導だけの運動学習は、学習効果が限定的になってしまうと考えられます。

植田文也. エコロジカル・アプローチ 「教える」と「学ぶ」の価値観が劇的に変わる新しい運動学習の理論と実践 (pp.84-85). 株式会社ソル・メディア. Kindle 版.

「言語化できず、言語化すると不正確になる可能性がある知識」と「言語化によって他人と共有するための知識」を区別することが重要だということですね。「この区分が正しいならば」と書かれていますが、私は正しいと考えています。

「言語化できず、言語化すると不正確になる可能性がある知識」は【暗黙知】と言われることもあり、それに対して「言語化によって他人と共有するための知識」は【形式知】と言われることもあります。そして、企業など成果を上げるべき集団では「暗黙知を形式知に転換するナレッジマネジメントが重要」とされているようです

しかし、前回で紹介したように、「こうすればできる」というのは人それぞれの感覚であり、スキルを習得するとは「未知の状況に対し、自分で、その時の自分自身の、その場での解を出せる力」を身につけることなので、スキル習得においてはむしろ「言語化できず、言語化すると不正確になる可能性がある」ものと位置づけることの方が重要なのです。

運動に関して言葉を使うこと、言語化することにについて、さらに次のように書かれています。

「選手の運動に関わる言語使用」と「選手自身が運動を言語化すること」について、エコロジカル・アプローチ は以下の留意点を挙げています。

① 運動の内容を規定する言語的指導を避ける。
  制約を設けることで、人は自分の自己組織化の能力を活かせます。様々な実験を通して自己組織化アプローチの学習パフォーマンスの高さは裏づけられているので、本当に教えたいこと、伝えたいことは、制約を設けて自然と気づかせるのが望ましいです。
② 環境と運動の結合プロセスが中心であるべき(言語は補足情報)。
トレーニングしたことを試合に転移させるためには、代表性の高い練習環境で実際にプレーする必要があります。「あれだけ言ったのに、なぜできない?」「ミーティングで説明したのに、なぜできない?」などと、こうした言語的指導で学習が完了すると思ってはいけないと、エコロジカル・アプローチは助言してい ます。言語的指導はあくまでも補足情報の提供に留め、学習者に実際にプレーさせて、環境情報の知覚と運動の関連性を強化する過程に重きをおくべきです。大切なのは、アフォーダンス(環境から与えられる行為の可能性)の獲得です。
③ プレイヤーは自分の運動を言語化できる必要はない。   エコロジカル・アプローチの考え方では、プレイヤーは自分の運動を言語化できるようになる必要はありません。試合環境のどこに重要な情報があるか、それだけを知っていればいいと考えます。
 ちなみに、伝統的アプローチの考え方では、プレイヤーがエキスパートに近づくと、脳内に記憶されている運動に関する知識が増えていき、言語化する能力も高まると考えられてい ます。しかし、エコロジカル・アプローチの研究では、言語化の能力と競技力の間に直接的な関係はないとさ れています(Araújo ら、2009/ Silva ら、2013 など)
④ 実施したトレーニングにおける運動を言語化できる必要はない。
良いトレーニングほど、何を学習したか言語化しにくい可能性が往々にし てあるわけです。トレーニング後の反省などの機会に、学習者がトレーニングで何を学んだか明確に言語化できなくても、悲観的に捉える必要はない。

植田文也. エコロジカル・アプローチ 「教える」と「学ぶ」の価値観が劇的に変わる新しい運動学習の理論と実践 (p.88-90). 株式会社ソル・メディア. Kindle 版. 

言語化された「運動のコツ」について、以前に個人のnoteでこんな記事を書いたことがありました。

内容を一言で言うと
やりたいことができるようになるには【試行錯誤】で感覚をつかむしかないし、「感覚」は教えられない。
ということになりますが、人はどうしても「こうすればいい」というのを求めがちだし、それを教えたい(言葉で説明できる)と思ってしまうんですね。なかなか難しいことだからこそ、教えなければならないと思ってしまう

一流選手の「こんな感じでやれば上手くできる」という言葉には特に期待が集まりますが、その通りにやったら上手くいくということはほとんどなく、あくまで「試行錯誤のヒント」にはなるかもしれないものという認識が必要でしょう。

それは、その人なりにいろいろできている状況で、ある時に、たまたま意識してみたら上手くいったことを「このプレーはこれを意識すれば上手くいく」と言っているだけの可能性が高いからです。

また、「自分がやっていると思っていること」と「実際に起きていること」は違うのが普通で、一流選手の言う「こうすれば上手くいく」のようには当の本人はやっていないということはよくあります。「意識」と「やっていること」とは違うので、やるべきことと真逆のことを意識して上手くいくことすらあるのです。

動作のやり方の「感覚」は言葉にすることができません。
しかし、「その動作の結果として起きること」は言葉で表すことができるので、「それが起きる(起きるようにする)感覚」という形でなら、その「感覚」を表すことが可能です。つまり、「何が起きるべきか」という物理現象として表すしかないということになります。

動作学習の課題「身につけるべき感覚」を整理する(体系づける)ために、「何が起きるべきかという物理現象」として表したものが【動作原理】であり、それが、教科書「コーチングバレーボール」における技術指導の軸として位置づけられています。

「何が起きるべきか」というイメージがあれば、試行錯誤で「それが起きる動作」を自分のものにしていくことができます。どうすればそれが起きるのか探す手伝いをするのが指導者の役目であり、それは「試行錯誤で動作を学習していくための環境」を用意するということです。そのために指導者は「何が起きるべきかという物理現象」を理解する必要があるのです。

2023.8.25 追記
20世紀最大の哲学者について書かれたnote「ウィトゲンシュタイン(言語ゲーム)」を紹介していただきました。「言語化」についてとても重要なポイントが書かれています。
・「言葉の意味は文脈によって決定される」
・「何も知らない」子どもからすれば「基礎」と言われても、そもそも「全体」を知らないので、その意味を把握することができない
どちらも当然すぎる話ですね。

2023.12.28 追記
「言語化」について、大事なことがとても分かりやすく書かれている記事があったので貼付けておきます。「言語化」の限界と役目を知り、どう利用すべきかをしっかり押さえておきたいですね。

エコロジカル・アプローチ@バレーボール【9/16】「スモールサイドゲーム(SSG)」の可能性に続きます。

▶︎布村忠弘のプロフィール

バレーボールに関する記事を執筆しています。バレーボーラーにとって有益な情報を提供することをコンセプトにしています。