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時計の契約:第4章16時

16時:鏡の向こうの旅路

「急がなくちゃ」時翔ときとがささやくように言った。
その言葉に俺はざわついた。時翔の声は静かだった。その背後には切なさと焦燥が滲んでいた。鏡越しに映るその顔は、俺ともじいちゃんとも遙とも目線を合わせない。俺と遙は世界線が違うだけの”俺”。
だけど、少しだけ違う感じがする。時翔は遙と過ごした時間もかけがえのないものだったのかもしれない。
はるはそれをよく分かっていた、だから時翔の両手を優しく握り向かい合っていた。何か話しかけたようだったが俺には聞こえなかった。きっと俺が遙ならそうしているんだろう、遙も時翔に会いたかったはずだ。俺がじいちゃんと会いたかった想いと同じくらいに。俺もじいちゃんに伝えなくちゃ。
 
本当は全部わかっていたような気がする。この世界の違和感に。だから、じいちゃんに会えてこのまま一緒に居られたらなって思ってた。どんな未来になろうと。俺はじいちゃんの手を握るが、顔を見れない。きっと泣いてしまうから。こんなにずっと会いたかった人だったのに、こんなに近くにいるのに。この時間には終わりがあるんだと思うと顔を上げることはできない。
 
颯空そら君、いや颯空。きっと大丈夫だよぉ。強い心を持っとる。じいちゃんの孫やからなぁ」じいちゃんの温かい言葉が心に染み入った。いつだってじいちゃんは俺の背中を押してくれる。
「夢のような時間をありがとう」俺たちは決意を固めた。遙と向かい合う。俺たちの意思は同じだ
 
鏡の表面にふれる指先が、そのまま鏡の中へと滑り込んでいく。指先から掌、そして腕全体が次々と鏡の奥深くへと消えていく。その瞬間、俺たちは不安と興奮の入り混じった感情に包まれた。鏡の向こう側への旅に挑む決断をした一方で、この世界との別れの寂しさが心を揺さぶる。
 
「じいちゃん」
『時翔』
 
「気を付けてね」時翔の溢る涙が胸を締め付けてくる。
「大丈夫。必ず帰るんよぉ。じいちゃんはいつもそばにいるからなぁ」じいちゃんがいつもの穏やかな優しい声で見つめる中、俺は胸の内に渦巻く感情を押し殺していた。決意を固め、鏡の向こう側へと足を踏み入る。鏡の中へと身を投じながら、この世界との別れの寂しさと、未知の世界への興奮とを胸に抱えている。その先に待つ冒険に向かって、俺たちは一歩を踏み出した。


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