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真鶴出版の川口瞬さんと語る私たちが暮らし観光案内所を始めた理由

ここは、佐賀の暮らし観光案内所。
佐賀県に暮らすプレイヤー5人が、20市町に住んでいる「人」を訪ね歩いたダイアログ。主役はその土地で暮らす人や生活だ。私たちは、地域に生きる人たちと「友達」になれるような観光を「暮らし観光」と呼び、地元目線で案内してもらった町歩きでわかったことをみなさんに紹介していく。


今回はいつもの発信とはちょっと変えて、メンバーの座談会をお送りする。案内所メンバーがなぜこの「佐賀の暮らし観光案内所」を始め、取材を通して何が見えてきたのか。そしてこれから何を目指そうとしているのか──。

今回は、宿を運営しながら地域の日常を発信している、神奈川県真鶴町の「真鶴出版」川口瞬さんにインタビューいただいた。

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なんてことのない佐賀の日常の温かさを

───まずはじめに、みなさんが「佐賀の暮らし観光案内所」をはじめたきっかけを教えてもらえますか?

北川:もともとは、佐賀県のガイドブック『さがごこち』で取材を受けたときに、「暮らし観光」という概念に出会ったのがきっかけです。でもそのときは暮らし観光についてよく分かっていなくて。
その後緊急事態宣言下で強制的に今までの観光を見つめ直すことになって、ポッドキャストを始めたり、オンラインでの勉強会に参加したりしていました。その中で、暮らし観光が大切にしている人と人とがつながる芯の強さみたいなものが、改めて自分のフィーリングに近いなと思ったんです。そこでまずは僕が活動する嬉野で「嬉野温泉 暮らし観光案内所」というnoteを始めたりもしました。
でも、本当は旅に来る人は嬉野だけじゃなくて、周辺の地域の楽しみも見つけたいと思うんですよね。だから嬉野以外の人と一緒に佐賀の良さや、周辺で活動する人を発信したいなと思ったのが「佐賀の暮らし観光案内所」のはじまりです。

中村:私も『さがごこち』での出会いは大きかったですね、今までの佐賀の観光ブックと全然違って。なんでもないようなランドセルを背負って歩いている小学生だったり、コハダ漁をしている人の姿だったり、佐賀県民であれば通り過ぎてしまうようなそういう風景を切り取っていたんです。私自身もこういう佐賀が好きだし、もっとこの部分を広げていきたいなと共感しましたね。

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『さがごこち』は、「佐賀の日常にある、本当の魅力をさがして」というコンセプトで立ち上げられたウェブマガジン(2016年1月から2020年1月まで記事更新)。
書籍はローカルフォトという手法で、全国各地の地域と向き合ってきた写真家・ MOTOKOさん が佐賀に通い、『さがごこち』がこれまでに拾い集めてきた『さが』という町に漂う『ここちのよい』空気を撮り下ろした写真と、『さがごこち』のアーカイブで構成する、新しい『旅』の提案。佐賀のうつくしい日常を旅する、フォトガイドブック。

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小松:「人が観光資源」じゃないですけど、そういう視点は今までになくて、僕自身も目から鱗でしたね。その流れでみんなと話していくうちに「何かやりたいね」という話になって、こういう形に発展していった感じかな。
あとは、佐賀は立地的に、福岡や長崎という観光地に挟まれていて、福岡から長崎に移動するための「通過県」と言われていたんですよ。佐賀県民自身も「佐賀ってなにもないよね」って自虐するんですが、実はそれって「そもそも自分たちが佐賀をよく知らないからなんじゃないか」という話になって。それなら「まずは自分たちが佐賀を全部見て回ったらいいんじゃない」と、そんなノリもありましたね。

佐々木:ぼくは有田町でNPO法人をやっているんですが、有田は有田焼産業が衰退して、まち自体も元気がなくなって、どうしたらいいんだろうってずっと思っていたんです。
有田って「焼き物」という玄関しか用意されていない感じがあるんです。でも実はまちには江戸時代からの景色だったり、おもしろいクリエイターもすごく多くて。今思えばこの暮らし観光案内所でやっていることとそっくりなんですが、「移住体験ツアー」として、来てくれた人にぼくが好きなところを一日かけて案内したりしていました。でも有田だけだとパイがあまりに少なすぎる。
それで他の地域とかけ合わさったときにどんな風に発展していくんだろう、有田にとって次のステップに進むきっかけになるんじゃないかなと興味があって参加しました。それに、佐賀県全体としてそれができるようになったら、自分が暮らす県としてもすごくおもしろそうだなと。

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有田で活動を共にしているチームと中村さん

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ちゃわん最中を売っている佐々木


三回の取材を終えてわかったこと

───実際いま武雄と吉野ヶ里、小城を取材してみて、どんな発見がありましたか?

北川:どちらのまちも「同じ県なのにこんなに知らなかったんだ」という驚きや発見があって、「これならいけるな」と確信しましたね。それは(暮らし観光が)「流行りそう」ってことではなくて、自分自身が「今まで見られなかった景色が見えるだろうな」という確信です。ほとんど予算もない有志の集まりですが、これは続けていくべきことだなと思っています。

佐々木:ぼくは武雄を取材したときに、有田のすぐ隣なのに知らないことばかりで結構ショックを受けたんですよ(笑)。もう6年くらい有田にいたのに、ほんのちょっと隣のまちのことを全然知らなかったんだって。

───例えばどんなことが?

佐々木:武雄の「トラットリヤ ミマサカ」のオーナーの案内で黒髪山に行ったんですが、中国の山水画に出てくるような雰囲気に、どの家にもきれいな池があるんです。それに陶芸作家さんが建てられている住まいやギャラリーの景色が本当にすごくて。今度から有田に来た人にも連れていきたいし、知れて良かったですね。

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北川:吉野ヶ里も発見が多かったですね。吉野ヶ里遺跡があることぐらいしか知らなくて、あとは福岡や佐賀のベッドタウンってイメージだったんです。
でも吉野ヶ里のまちを歩いてみると、店主がカレーが好きだからとスパイスカレー屋を始めたら、すごく人気が出て行列のお店があったり、子供のときからやりたかったから始めたというお花屋があったり、自分の身の丈の幸せをつくるっていうことをすごく感じられましたね。本当に暮らし観光にぴったりのまちでした。

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中村:知らないところに行ったのに、そのまちに住んでるような感覚になりましたね。「OK Coffee」の福山さんのフィルターを通してまちを歩くことで、近くのおばあちゃんも話しかけてくれたり、お店の人も自分の生い立ちを話してくれたり。人の温かさを全面に受けた感覚になりました。
自分自身が取材を通して暮らし観光を体験して、これまでになかった感覚を味わえたのが大きかったです。

小松:その土地に住んでいる誰かのフィルターを通してみると、それがまた心地良いんですよね。「フィルターを通す」というと個人的な価値観や思想が入ってきて、これまでの観光ならダメって言われそうだけど、暮らし観光ではそれが良いほうに働く感覚はありますね。

中村:その人を通して会うことでみなさん心を開いてくれる。それをすごく感じますよね。

小松:「友達の友達」みたいな感じですよね。

中村:うんうん、そんな感じです。

地域の人と友達になれるような観光

───note冒頭の説明の中でも、暮らし観光を「地域の人と友達になれるような観光」という風に表現していますね。

北川:そうですね、この文章を考えたのはぼくなんですが、読んでくれた人が「お客さん」と「お店側」という関係性じゃなくつながるきっかけになったらいいなという思いがあります。
例えばこの暮らし観光案内所の記事を読んで、共感して佐賀に来てくれて、その人に会いに行ってくれたとしたら、それってもうちょっとした友達になるくらいのことだと思うんですよね。そういうきっかけになれば良いなと。
それにぼくたち自身も、県内の色んなプレイヤーと友達になりたいし、増やしていきたい。「取材」だからこそ相手の深い話まで聞くことができるのは、お互いの情報を交換したり、今後も付き合っていく関係性をつくっていく中ですごくいいなと思っています。

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武雄「トラットリヤ ミマサカ」の鳥谷夫婦と暮らし観光メンバー


中村:例えば、嬉野と有田は意外と近いし、伊万里と唐津だって近い。でも有田は有田、伊万里は伊万里で完結しちゃっているところがあって。それが北川さんと佐々木さんが仲良くなったら、「嬉野も近いから行ってみたら」って話になる。私自身も「エディターズサガ」というメディアをつくっていく中で佐賀をいろいろ回って、「このまちに行ったらあの人に会いたい」「あの人にどこかおすすめを聞いてみよう」って思うことがあって。一度行っただけじゃなくて、その人の顔を思い浮かべることでもう一度行きたくなる。それが暮らし観光かなと思います。

───これまでの観光との違いはどんなところだと思いますか?

佐々木:案内してくれる人のフィルターを通じてまちを見ることで、もちろんそのまちのことも好きになるんですけど、その人のことも好きになってまた会いに来たくなるというのが今までの観光にはなかったところかなと思います。その人のその後も応援したくなるし、やっぱり友達同士になるんですよね。

小松:例えば僕が住む有田でいうと、これまでの観光地的には「駐車場がない」、「食べるところがない」、「泊まるところがない」というダメなところが三つ揃ってるんですよ(笑)。なのでいくら行政が「観光をがんばろう」と言っていてもぼくたち町民はピンと来ないんです。でも暮らし観光という切り口なら、むしろ観光資源が豊富なまちだなって思えますね

北川:今までの観光はスペック合戦でしたよね。「ないからつくろう」という足し算だったんですが、暮らし観光を進めていく中で、今あるものを掘り起こして、磨くだけでいいんだと実感しました。そこが大きな違いかなって。佐賀はこれまで、いわゆる消費観光に食い尽くされてなかった、壊されてなかったんですよね。だからこそ、佐賀ってまだまだ可能性があるなと思っています。

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3回目の取材先、佐賀県小城市の町並み


地域を超えて、楽しみを広げる

───今回の活動に未来を感じるのは、民間でこれをやっていて、いろいろな地域をまたがっているところです。他の地域で参考にしているところはありますか?

中村:ドット道東の人たちは、周辺の地域でつながって解像度が上がったという話を聞いていたので、見ているところはありますね。

北川:北海道って広いから、まち横断型のコミュニティをつくってるんですよね。

───この活動がまた他の地域のモデルケースになる可能性もありますね。実際地域を超えて取り組むのはどうですか?

北川:そうですね。ぼくと小松さんは、長崎の波佐見町にある「monne legui mooks」というカフェで知り合ってるんですよ。そこのオーナーの岡田さんは若くして亡くなってしまったんですが、市町の違い関係なくぼくらをつなげる方で、その素晴らしさや有り難さを教えてもらったんです。岡田さんみたいにはできないけど、自分たちもそういう風にやらなきゃいけないなという思いがぼくの中にはありますね。

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〈『monne legui mook(通称ムック)』は、長崎県波佐見町にある、元波佐見焼の製陶所をリノベーションしたカフェレストラン。日本中を旅していた東京出身のオーナー・岡田浩典さんが建物に惚れ込み開業。波佐見だけではなく、周辺地域の人と人との出会いをつなぐ「ハブ」となる場所でもある。しかし、岡田さんは惜しまれつつ2018年に病気で他界。現在も残されたスタッフが岡田さんの意思を受け継ぎ営業中である。 〉

小松:ぼくも岡田くん、岡ちゃんと同い年でオープンしたときから通っていたんですが、全力で楽しむことを教えてもらいましたね。自分が面白いと思ったことは全力で面白がる。そうすればみんながそれに巻き込まれて、その場がハッピーで埋め尽くされる。それがあったからまずは主催する側が一番楽しまなきゃっていう姿勢で向き合えています。

佐々木:ぼくはチームとして一緒に仕事をしてるっていうのがうれしいですね。ぼくは地域おこし協力隊という守られた立場で三年やっていて、自分の力に自信を持っていなかったんですよね。自分自身の力や、有田だけではこれ以上広がっていかないなと限界を感じていたんです。「仲間を求めるなんておこがましい」という考えがずっとあったんですが、今はそういう足りない部分も認めて、みんなで一緒にやっていけたらいいなと思っています

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嬉野温泉公衆浴場「シーボルトの湯」の前で決起集会

中村:私もチームでやれることがうれしいです。「エディターズサガ」では昔は取材も撮影も運営もほとんど一人でやっていたので(笑)。これだけ増えると全然違いますね。

───20市町すべて取材し終わったとき、どんなことが起きるか楽しみですね。

北川:ぼくらが楽しんでいくのが広がったら、佐賀を自虐する人たちが減るんじゃないかなと思いますね。着飾って自分を大きく見せたり、マウンティングしていくような関係性じゃなくて、本当の友達みたいな感じで楽しく時間を過ごすことが大切だと思うんです。全力で楽しんだら、それが自然に広がっていくんだというのを見せられたらいいなと思いますね。

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向かって左から 佐々木(有田町)、北川(嬉野市)、ふたりおいて 中村(佐賀市)、小松(有田町)


インタビュー・編集:真鶴出版 川口瞬・山中みゆき

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川口瞬                                  真鶴出版代表。雑誌『日常』編集長。1987年山口県生まれ。
大学卒業後、IT企業に勤めながらインディペンデントマガジン『WYP』を発行。“働く”をテーマにインド、日本、デンマークの若者の人生観を取材した。2015年より神奈川県真鶴町に移住。
「泊まれる出版社」をコンセプトに真鶴出版を立ち上げ出版を担当。
地域の情報を発信する出版物を手がける。              「LOCAL REPUBLIC AWARD 2019」最優秀賞。

Podcastでも音声コンテンツを配信しています。               こちらの案内所もぜひお立ち寄りください!

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