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『アブソリュート サンクチュアリー』〈Sleeping Beauty -眠り姫- 編〉Ep13 見守る者_後編

前回の話

 常夜とこよの月は広大な神殿造りの一角に書斎を設け、プライベートな事を処理している。
 ホログラフウインドウには冥府めいふの状況や、居候エリアの様子がモニターされ、ここから適宜指示も出していた。

 少し離れたところに浮かんでいる白い小さなウインドウには、〈The sword is sealed〉の文字、黒い小さなウインドウには〈instability〉――不安定と表示されていた。

 毒は九郎の分析結果によると、人の気に影響するもので、精神構造の破壊を起こす作用があるようだった。この宮に連れてくるのがもう少し遅れていたら、バランスを崩した翔琉かけるの神気がいつ暴走してもおかしくない状態だった。

蓮玉れんぎょく、薬の状況はどうか」
 ウインドウの一つに蓮玉の姿が映し出され、状況データの表示と報告が行われた。
「オーダー通り、神属性に負担をいりますが、精製は完了しました。人属性の気が濁るのを防止するための処方も、問題なく出来ます。本日から投薬可能です」
「始めてくれ」
 蓮玉は一礼して、ウインドウから去っていった。背景はラボのように機器でひしめいていた。

 常世の月は、蓮玉が表示した処方情報を読んでいる。
「自分で指示しておいてなんだが、おれでもこの処方の治療は嫌だな」
 そう言いながらウインドウを切った。

 ***

 蓮玉は白磁のポッドに入った煎じ薬をガラスのコップに移し、ベッドに横たわるおれを介助しながら、薬を飲ませてくれた。薬は甘くて、飲んで少しすると眠くなりしかも夢を見ることがなく、とても楽しみな時間になった。ただ、薬を飲んだ時以外の睡眠は、漏れなく悪夢が付いてきた。

 神気が弱り、その分体力も落ちていったが、今は神としてどうのこうのは無いから、人属性が強くなって人っぽく脆弱になっても気にすることはない。

 二週間後、冥府特製の怪しい秘薬により、何とか自力で上体を起こせるまでに回復したが、未だ毒の影響で悪夢にうなされる日々が続いている。左腕は真っ黒のままで指先は麻痺していた。この頃から神気の圧が上がってきて、体力が微々たるものだが戻ってきていた。

 様子を見に来たとこさんの髪が、眩い金色から白銀になっていたのは驚いたが、本人が気に入っているのだからいいのだろう。

 寝返りを試みるも、全身の倦怠感が強く途中で諦めてしまった。鏡も見ていないので、実際はどんな状態かさっぱりだ。使い魔に持って来させればいいのだが、やせた腕を見ると鏡を見る気が出ない。

 ――あいつら、どうしてるかな。

 常に夜の静寂に包まれた空を見ながら、自分のみやの太陽と月の営みを感じるあの場所へ猛烈に帰りたかった。この感情は何なのかよく解らなくて気分が悪くなる。無理に動こうと頑張ったせいか、睡魔が襲って来た。

 眠りたくない――悪夢がやってくる。

 眠りに落ちる寸前――竹のお山で会った子が、笑顔で立っているような気がした。

 ――誰かを抱きしめているおれがいる。
 ――ここはASの中だろうか、神気を圧縮して、圧縮して、圧縮して、星を……。

 目が覚めた。
 何を夢見ていたのだろう。
 頭が割れそうだ。
 意味が分からず、流される涙に気が動転する。
 呼吸が荒くなり、このままはかなくなってしまうのかと怖くなる。

 神気が不安定な精神に呼応するように渦を巻き、稲光を起こす。周りの空気が軋んだ音を立て几帳が激しくはためいていた。神気の制御も思うようにいかない身体は、人属性に悪影響を与え、治癒の速度を落としているのだった。
 今は、痩せてしまった手を見つめるしか出来なかった。

 遅々としてだが次第に悪夢も見なくなり、黒い染みも肩のあたりまでに収まってきた。
 三途の宮に入ってから四十五日、ある程度動けるまでに回復した。
 しかし、まだ神気が不安定で神剣の威力にムラが出ている。

 近頃は几帳を出て周りを散歩し、調子がいいと感じると、神剣を抜いてトレーニングをしてみたりするが、全く威力が出なかったり、出過ぎて居候エリア全体が激震したりと困った状況が続いていた。

 神剣を傍らに置き、黒に鮮やかな草花が咲き乱れる着流しで、月夜の草原に寝そべっていた。
「おっかしいな、全然調子が上がらない」誰に言うでもなく、独り言は続き右手を月にかざした。
「もし人属性しか出せなくなったら、おれは〈人〉に分類されるのか? そんな訳ないか」力なく右手は落ちて、半月をぼんやり見上げていた。

 案山子みたいな使い魔が芝生を踏みしめ、お茶を持ってやって来た。
「翔琉様、此処は冷えます故、茶をお召し上がりくださいませ」
 いい香りのする緑茶の乗った盆を置いてくれた。
 隣に来ていた大きな草団子みたいな使い魔は「これを――」と薄桃色に桜の花びらが散らされた単衣ひとえを掛けてくれる。とても薄い単衣なのだが、暖かさがじんわりと沁みてくる。

 この着流しも、単衣も九郎が自分の羽を使って作成し差し入れしてくれた逸品だった。九郎の創る着物は特別な効果が付くことがあり、大変重宝されていた。

 上体を起こすのに案山子が手助けしてくれた。お茶を一口飲み、ため息が出た。使い魔たちは行儀よく控えている。盆に湯呑を戻し、再度寝そべった。案山子が盆を持ち草団子と共に去っていった。

 悪夢は見なくなったが、体が要求する強い睡魔に抗いたかった。起床した時、弦月宮げんげつきゅうではないことに落胆してしまうからだ。
「おれって、こんなにさびしんぼだったっけ? 人と関わってから何かが変わったのなら、ちょっと嫌だな」
 ――ああ、やめやめ、おれは元々ぼっち神(単神)なんだから、いいの、これで。

 嘘つきめ!
 心の底にいるナニカに叱責された気がしたが、眠気が先に立ち思考は夜空に溶けていった。

-つづく-

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