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『アブソリュート サンクチュアリー』〈Sleeping Beauty -眠り姫- 編〉Ep12 見守る者_中編

前回の話

 二時間後、翡翠門から冥府を治める常世とこよの月の筆頭眷属、蓮玉れんぎょくが到着した。

 蓮玉は黄泉属性である灰色の神気を纏い、虹色の瞳はつねに色を変えていて、皮膚が薄く血管が青く浮いているが、とても美しい大人の女性だった。露出の少ない服装で、首元や手先、足元は精緻せいちで美麗なレースが覗いていて品を添えていた。
 この世界のもう一人の特級神、常世の月の筆頭眷属を任される器量の持ち主であり、実力はして知るべしだった。

「シェリル殿、早速ではございますが、転送ゲートを設置させていただきます」
 シェリルに対してリスペクトがある蓮玉は、敬語を使うのである。
「蓮玉さん、ではこちらに」

 シェリルは、蓮玉の手を取り寝所の入口付近まで飛んで行った。
 蓮玉は、涙の形をした黒曜石のピアスを耳から外し無造作に放り投げた。
 ピアスは空中で膨張し、二メートル以上の大きさになり、中は空洞で厚さはなく、湖面のように波打ち転送ゲートは設置を完了した。

 富士山地下に大規模展開されているAS(神域=アブソリュート サンクチュアリー)〈三途さんずみや〉と弦月宮げんげつきゅうを直接繋ぐ専用ゲートのリンクを確認し、蓮玉が一歩下がり、あるじの到着を待つ。

 強力な黄泉属性の神気がリンクしたゲートから流れ込み、白銀の長い髪とダークオレンジの瞳が鋭い、北欧風の美丈夫が到着した。

 見た目は三十代後半から四十代前半位だろうか、黒く上等な着流しに粋な浮模様をしつらえ、極彩色の単衣ひとえを肩に掛けている。両手は着流しの懐へ入れ足元は厳ついブーツだった。
 冥府めいふを管理するもう一人の特級神――常夜の月、よわいは八千年とも言われる。

 常世の月は寝所を一瞥し、そのまま静かに言った。
「これから私のみや翔琉かけるを連れ出すが、お前達は此処で待っていてもらいたい」
「一緒に行くことは叶いませんか。月様」
 シェリルが懇願している。

 常世の月はシェリル達の方に向き直った、立ち姿に一分の隙も無い。
いな――だな。治療の過程で何が起こるか分からんのだ。必ず助けるとやくするゆえ、宮を護り待っていてはくれないだろうか」
 真摯な眼差しを九朗と、シェリルの二人に向けている。

「月様、顕現の時より見守っておられた貴方の言葉なら、いつまでも待っておりましょう」
 九郎が真っ直ぐ常夜の月を見やって答えていた。
「わたくしもいやは申しません。月様がそこまでおっしゃって下さるのですから、我があるじは何と幸せである事でしょう」
 シェリルは深々と頭を下げた。

 常夜の月は黙ってうなずき、肩の単衣を手に取ると頭上に放り投げた。
 単衣は生き物のように寝所へ向かい翔琉を包み込むと、極彩色の大きな毬になり常夜の月の傍らに戻って来た。蓮玉が手に取ると、毬は小さくなり耳のピアスとして収まった。

 常夜の月と蓮玉を見送り、シェリルは涙を流していた。
 ――翔琉、三百年前の再現にならない事だけを祈っているわ……頑張ってね。

 ***

 光苔や夜光虫の発する幻想的な光と、仮想空間に浮かぶ細い三日月が優しく照らす――永遠に夜が続く三途の宮、富士山地下に大規模展開する常夜の月のASである。
 この宮の月は、宮主みやぬしの機嫌に左右される――細い三日月が心のうちを現していた。

 広大な宮の東の外れに、十メートル程の朱塗りの四角い枠が建っている。
 雑に丸太を組み合わせたような枠の先は、闇が広がり見通せない。
 この先は、通称〈居候エリア〉と呼ばれ、翔琉が顕現し常夜の月と出会ってから五百年程を過ごした区域の入口である。

 何が起ころうと、影響が外に漏れる事がない、特別な区域なのだ。

 居候エリアには三途の宮にいる使いや使い魔、眷属達は、勝手に立ち入ることが出来ない。このエリアにいるのは、光苔や夜光虫から創った翔琉専用の使い魔達である。

 更に言えば――神のおわす神域には、通常、〈使い〉はいても〈使い魔〉はいない。これには理由がある。使いは、神あるいは精霊の側の者たち、使い魔はそれ以外の者たちと区別されている。

 冥府は、常世の月が顕現してからすぐに先の冥府の神を屠って制圧している。神界の文句を力でねじ伏せ、属性問わず冥府の門を通る資格のある魂を受け入れている。神も魔族も妖怪も人も動物も、命と認識できれば何でもアリだ。
 よって、翔琉のお世話係は、使いのような繊細な者より、使い魔のような者のほうが都合がいいので、今に至るというわけだ。

 ここは死者の神域――仕える者は魂の浄化を終えた、元〈死者〉達なのだ。

 ***

 その居候エリア内、美しい几帳きちょうで囲まれたベッドの上で、身体に回っている毒の影響か、焦点の定まらぬ瞳を見開いたままの翔琉がいた。

「痛っつ……ああぁー、うぐぐぅううーー」
 翔琉は、脳内が白濁するほどの痛みに、手足どころか全身に痙攣を起こして、かれこれ三時間が経過していた。
「あんの、くっそ野郎......ううう」

 薄青に輝く翔琉の神気は、濁り始めていた。

-つづく-

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