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『アブソリュート サンクチュアリー』〈Sleeping Beauty -眠り姫- 編〉Ep14 GAME_前編

前回の話

 体力がある程度回復するまで更に十日かかり、染みは肩にほんのりと残る程度になった。
 相変わらず派手な単衣ひとえを肩に掛けたとこさんがやって来て、おれのリハビリを開始すると言った。

「〈ダンジョン〉をリハビリ仕様に改造したから思う存分暴れてこい」

 この居候エリア北にある大きな樫の木の根元に、戦闘訓練用仮想エリアの入口がある。

 おれも特級神だが、このおっさんの神気の量はちょっとおかしい、戦闘訓練用に仮想エリアを別に持つということは、神気全力の戦闘をしながら、居候エリアを維持し、みやとするAS(神域=アブソリュート サンクチュアリー)も別に維持する。
 さらに冥府めいふの管理をするのに神気を使うわけで、化け物としか思えない。

 常さんは、顕現時からの付き合いで、おれの剣技の師匠でもある――未だに勝ち越せないから師匠超えはまだ先の話だ。

「準備してすぐ向かうよ、今回は何を持って行っていいのかな」
「今回は神剣のみだ。しっかり神気を調整してこい。出来るまで出てこれんぞ」
 病み上がりにそれは無いだろうと抗議したが、必要な物はダンジョン内で手に入るそうだ。
 ――くそっ!。

 几帳へ戻り、黒のスリムパンツにブーツを履き、上はTシャツを適当に引っ掛けた。
 準備が完了し、攻略情報に絡む質問は無駄だと分かっていたが一応聞いた。
「常さん、今回もセーブポイントに対して階層五?」
「そうだな、お楽しみと言っておこう」
 ――この人って、おれを使って楽しんでいるだけに違いない。

 因みに、ダンジョン内の死は仮想で、セーブポイントからやり直しとなる。
 この辺はゲームと同じ要領だ。
 しかし痛みや疲労は等価だから、地獄体験ツアーみたいなものだし。

 ――そもそも死んでもOKってAS構成はどういう作りなのよ。冥府の神ってそんなにすごいのか?

 当時は疑問に思わなかったが、今さら薄ら寒くなってきて、本当は生きているのか心配になった。

 手を一振りし、多少傷んだ安っぽい芝ほうきを出現させ、横座りすると(昔着流しで散々乗っていたから横すわりが癖になっている)大きな樫の木の根元に向かって飛び出した。
 この芝ほうきはおれ専用の移動手段で、居候エリアか弦月宮でしか使えない限定モデルだ。製作元は蓮玉だった。

 三十分位飛行して大きな樫の木に到着し芝ほうきを消し去って、根元の空洞を見つめる。そこが戦闘訓練用仮想AS、おれが名付けた通称〈ダンジョン〉の入口である。
 一階層半径三キロ程の多層構造でこれまで二度入っているが、その度に難易度と構成が全く違う。
 少し悩んでやはり神剣を抜き、えいやっと底の見えない穴の中へ身体を躍らせていった。

 ***

 常世の月は、みやの執務室で蓮玉れんぎょくと話していた。
「あの黒い染みについて、最終報告を」
「結論は〈マリス〉の先端と出ました」
「そうか、人転生時代から翔琉を狙っていた奴についてのその後は」

「宮もない、神の末席に身を置くものだったようです。神気は準一級、名はヤシ、系譜けいふはなし。神のさかずきが人世界で付喪神となったモノです。よわいは五千年程。翔琉様に祓われましたが本体の盃は発見に至っておりません」
「盃か、なら、マリスの呼子よびこと成りえるな」

 蓮玉は静かに次の言葉を待っている。周りでは、様々な大きさのホログラフウインドウが、目まぐるしく表示を更新していた。
 常世の月は、珍しく着流し姿ではなかった。長袖の頭からすっぽりと被るような、足先まで長い服を着ている。服の模様は常に変化していて、各ウインドウに呼応するようだった。

「余計なことをしてくれる」

 その一言で、蓮玉の肌の色が一段と薄くなり、青い血管がくっきりと浮かび上がる。
「いかが計らいますか」
 蓮玉の瞳が怪しく光った。
「今は捨て置け、今回の情報は、ルーエ以外には治癒情報のみの秘匿とする」
「仰せのままに」

「それと、〈イオ〉の準備は整っているか」
「いつでも」
「最終解放を許可する」
 蓮玉は一礼し、執務室を後にした。
 後ろで扉が閉まるのを確認し、黒い小さなウインドウに視線を落とす。

「世界のことわりか――どいつもこいつも」

 ***

 穴の底に向かい五分位は落ちて行っただろうか、急に光で包まれふわりと底に降り立った。
 四方向に道があり、木の穴の中とは思えない景色が広がっている。薄く差し込む日差しに鳥の囀り、深い森の中に立っているのだった。

 光を感じた刹那、正面の道に続く空間を十字に切り裂いた。
 ドガッっと音を立てて空間が裂け、ドロリと液体を垂らしながら五階建てビル程の巨大な化け物が霧散していった。
 景色を堪能する暇もない。
 残る道は三つ。

「あーめんどくせー」

 三方向の道へ向け渾身の力を込めて振り切った。
 巨大な鎌のような軌跡を残しながら流星の如き尾を引き、道はおろか森までも遥か向うまで蒸発する。神気の過剰放出により肩で息をしながら剣を支えに体制を戻すと。足元に何かの文字と赤い押しボタンを発見した。

「クリアです。ボタンを押し第二層へお進み下さい」

 ――へいへい。
 神剣を鞘に納めながら半分以上蒸発した森を眺める。

 ――今の一撃みたいなのしか連発出来なかったら、セーブポイント前に倒れるな。
 床のボタンを押し、扉の出現を待った。

-つづく-

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