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【創作大賞2024-応募作品】『アブソリュート サンクチュアリー』〈Sleeping Beauty -眠り姫- 編〉Ep15 GAME_後編
〈第二層いらっしゃいませ〉と書かれた鉄の扉を開け踏み込んだ。
ここは渓谷フロアのようだった。
いきなり飛べとは人が悪い。
おれは自力で長距離飛行が出来ない。
多少の自由なら利くが、長距離飛行となるとシェリルや九郎に頼っているのが現状だ。
神気がもたないとかじゃなくて、高度が保てないのである。
これもまた、欠けたオプションみたいなものだろう。
足元から先の崖まで六百メートル、底は、よく見えない。
普段のおれでも、ジャンプで届くか微妙な距離だ。
落ちたとしても、神気を使って落下の衝撃を緩和するのは至って簡単だが、この不安定な状況で安全に着地できる保証は無い。
さて、どうしたものかと見回していると、デカい鳥が飛んでいる。
恐竜みたいな奴が「ギャオース、ギャオース」吠えながら上空を飛んでいた。
――そっかこれを捕まえればいいのか。
見回すと、右側の細い道の先に宝箱がこれ見よがしに置いてあった。
トラップ覚悟で開けてみると短いロープと説明書が入っている。
「標的に向かって投げかけると、何倍もの長さに伸びて届きます」
崖の端まで戻り、一メートルしかないロープを手に取ると、それっとロープの端を手近な所を飛んでいる奴に向かって投げかける。先が伸びていき、ペチッと鳥の頭に当ってロープは縮んでいった。
ギロリと向かって来たのは言うまでも無い。
大きな口で来たところを顎に一撃食らわし、目を回している隙に背中に飛び乗った。
ロープの先を首へ回すように振り、手元で端を掴むと縮むこともなくどうにか空中散歩を開始出来た。
降りてしまうと再度捕まえるのが面倒なので、空中から階層の隅々まで飛んでルートの確認をする事にした。底に降りてしまったら昇ってくるまで苦労しそうだ。
幾つかの谷を越えた所に出口が見えた。
――なんだ、ショートカット可能だったのか。
出口に舵を切った途端、見えない壁にブチ当たり、デカい鳥もろとも直径三十メートル程の岩に落下した。
鳥は飛んで行ってしまい暫し呆然とする。
出口まで直線で二百メートル、進路の岩を神気で全壊させようかと思ったが、出口の場所が最後の岩山の頂上だから、今の状態だと確実に全部壊して詰む。
間に岩が幾つかあり飛べる――いつものおれならね。
鳥は遥か上空でロープも届きそうになかった。
岩の端まで後退し全力で飛び出した途端、神気で踏ん張った岩が崩れた。
「わわっ、飲まれる!」
神気の制御がうまく出来ず、足を踏ん張った岩山の崩落に飲まれた。
何トンもある岩山の慣れ果てから這い出し、血だらけの体に鞭打って、出口に向かって目の前の岩山に挑んだ。
神気のバランスが人に傾きかけている。怪我の治りが遅く痛みが強かった。
人属性が睡眠を要求している。眠い――。
夢うつつで、ロッククライミングを敢行し、頂上に着いたところで、防御用AS(神域=アブソリュート サンクチュアリー)を展開する間もなく意識を失った。
「やったな、おれ死んだか」
そこは、〈第二層いらっしゃいませ〉と書かれた鉄の扉のある、渓谷フロアの入口だった。
「ああ、何となく覚えている。最後はあの鳥たちに喰われてたな。ううー意識なくてよかった」
体の状態を確認すると、渓谷フロアを攻略する前までのステータスだった。
二ヶ月近くかかったが、二周目は失敗を生かして堅実に神気を制御しながら、ロッククライミングを一生分堪能した。その間、睡眠欲求が限界点に達する前に自身の周りだけにASを張り、適宜休憩を挟みつつ進んでいた。
初めてダンジョンに挑んだ時、フロア全体に神気を飛ばし、その圧で敵を全滅してやろうと実行したら、フロアが膨張したのか神気が端まで届かず、むきになって頑張ったら神気切れを起こし往生した記憶が蘇った。
出口の扉の前で攻略したフロアを眺めた。
「以前なら、ここまで我慢強く地味な攻略なんて出来なかったな。少しは成長していたのか? まさかな」
自嘲気味な笑みが浮かび、動くことのない自分の中の時間に、成長していく周りが眩しく映っていたことを思い知る。表情を引き締め出口の方へ向き直った。
出口にある苔むした木の扉を開けると、トタン屋根の宿屋が建っていた。
「随分早いセーブポイントだな」
緊張から解放され倒れ込みそうになりながら、オンボロ宿屋のドアを開ける。寝るための部屋と露天風呂に続く廊下――いつもの間取りだった。
とても簡素な作りに見えるが、疲れはスッキリ取れるし、出発は任意に決められる。
因みに、おれには食事の習慣はない、神気の元は万物の気だから、有機物無機物関係なしに勝手に吸収している。飲食に制限はないが、どこに入ってしまうのかよく分からない。
人属性の気には、睡眠と温泉が良く効く。
神気の使い過ぎでベッドに倒れ込むと、そのまま眠り込んでしまった。
***
第三層――無双フロアだった。
スタート地点を出た途端、大小あらゆる種類の獣、化け物、仮想の魔属、神属だのが湧いてくるわ湧いてくるわ。
宿屋=セーブポイントで十分な休養を取ったから、刀身が霞むほどの勢いで薙ぎ倒していった。
どんどん楽しくなっていく――背中がゾクゾクし瞳孔が開く、目に入った者全てを屠ってやろうと嬉々として突っ込んで行った。
青白い神気が眩く全身を覆い、妖しい美しさが満ちていく。
完全殲滅まで三日三晩戦い続けた。
――足りない。こんなんじゃ足りない。
肩で息をしながら、笑っていた。
「やばい、おれ、今なら世界を壊せるかも」
神気が完全に安定していた。
瞳から殺気が引いていき、刃物のように研ぎ澄まされた神気が解放されてゆく。猛烈な疲労感で倒れ込みそうになりながら、意気揚々と次の階層を示す扉を開けた。
トタン屋根の宿屋が鎮座していた。
「んん? もう宿屋」
オンボロ宿屋のドアをくぐり、窓から差し込む柔らかな光に目を細める。
大きく伸びをしながらベッドの端まで転がっていき、座りなおした。眠ってしまいたいが先に風呂に入ることにした。
露天風呂に続く廊下に、画鋲で張り出すタイプの掲示板がある。掲示板には最終層の情報が張り出されていた。
「次最終層、時間無制限」
――ああ、さっきのは中ボス戦か。
うとうとしながら露天風呂に浸かり、自分のいる世界の事を考えていた。
ダンジョンにいると、つい浮世離れしてしまう。どっちが本当の時間か分からなくなることがある。
それ程ここにいる事は楽しい。
ここにいれば、自分の役割も忘れてゲームに没頭できる。
それこそ永遠に。
「人世界に戻りたいな」
目線の先、仮想の陽だまりの先に、竹のお山で会った子の顔が浮かぶ。
「無理だよなー」
石の縁に顔をつけて、交差しない点を見つめていた。
-つづく-
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