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『吸血姫 - きゅうけつき -』第七夜【創作大賞2024-応募作品】
大学をさぼり始めて十日ほど経った。
両親は小言を吐くでもなく静観を決め込んでいる。
いたたまれなくなり、わたしから母に話を持ち掛けた。
父は一泊の出張中で明日まで戻らない。
母は珍しく早く帰宅し一八時には美味しそうな匂いがリビングに漂っていた。
雪女は普通に食事を摂る。
わたしはいらないから一人分だけ。
いつもならわたしも付き合うのだが、この状況では折角の夕食時間が葬式みたいになるだろう。
自室から這いだし、後片付け中の母の背に問いかけた。
「お母さんは子供を持つには人間かそれ以外じゃないといけないよね。雪男は別種で交われないと言っていたし。お父さんは吸血鬼亜種属で、愛したとしても納得できたの?」
エプロンを外しながら母がダイニングテーブルに着いた。
わたしも自分の席に座る。
重苦しい空気に絶えられない。
リビングを出ようかと思っていると。
母が口を開いた。
「雪女は……異種間で後継を残す種族で、人間となら女児は漏れなく雪女として生まれるわ。男なら人間としてね。異種間となると難しいわ、女児でも雪女とは限らないしミックスとして生まれるから、古いしきたりに縛られる里では暮らせない。ここまでは昔話したから、理解出来るわね」
母はわたしがうなずくのを待ち、続けた。
「お父さんはね。お母さんと出会った当時疲れ切っていたわ。仕事も有給を使って長期休暇を取って真冬の山頂にいたのよ。人なんていないわ、大荒れの天候で生き物がいない死の空間によ。雪女には関係ないから『あなた、道に迷ったの?』って聞いてみたのよ。そうしたらこう言うのよ『おれを受け入れる人間はいないから人のいない所に来た……しかし、寂しくてどうしようもない』ですって」
吹雪の中、背を丸め母に弱音を吐く父が想像できなかった。過剰とは言わないが自信に溢れた父だったからだ。
「お母さんはどうしたの?」
「どうもしないわ、そのまま帰ろうとしたら話し相手になって欲しいと言うじゃない。わたしも吸血鬼亜種なんて初めて見たから、興味本位で話に乗ったのよ。それで今に至る」
唐突に話が終わり、消化不良を起こしていた。
のろけを聞こうと言うんじゃない。
わたしの心の中の靄を払うヒントがこの話の先にあると確信した。
「お願い、どうしてそんなに落ち込んだお父さんはお母さんと一緒にいる事を選んだの」
母は、お茶入れて来るわと席を立った。
緑茶の湯飲みを持って戻るまで阿人とエミールの事を考えていた。
二人ともわたしを欲しいと言う。
しかし、意味合いが違うような気がする。
その違いも分からない。
分からない事だらけでおかしくなりそうだ。
お茶を一口すすって母は続きを話してくれた。
「何て事無いわ、お父さんの話を聞いてお母さんも自分の話をしたのよ。お父さんお腹ぺっこぺこになるまで山に居座って、吸血が我慢出来なくて下山する時に求婚されたから受けたのよ」
「分からないよ」
わたしは空いた口が塞がらない。
「自分が何者であるか素直に受け入れ、その上で相手を理解しようと努めれば一緒にいられるわよ。お互い我ばっかり強いといずれ破たんするわ」
「お母さん、ありがとう」
わたしは席を立ち自室に戻った。
明日から大学に戻ろう、MISTには戻りづらいから違うバイトを探さないと……。
人間以外の友人はいないから、家族に問いかけるしか方法がなかったが、意外と正面から答えてくれた母に感謝していた。
心が少し軽くなった。
元気な自分に戻るにはもう少しかかるだろうが、時間はある。
エミールには、はっきりと断りを入れて、それで命が終わるならわたしもそこまでだ。
人間と添いたいと願ったがそれは深い幻想だとやっと心が折り合いをつけた……いや、ずっと誰かに指摘して貰いたかったのかもしれない。
凝り固まった人間への懸想は自分の意志でどうにかなる限度を超え、堅牢な城として世界を閉じた物に変えた。
自分と同じような者は家族以外にいないという孤独……母の縁者は他の種に冷たく、わたしは吸血鬼として生まれたので一度も訪ねたことは無い。
人間と恋人ごっこなら出来る――生涯を誓う相手には向かない。
仲間を見つけたが、一人は相容れないオリジナル吸血鬼、もう一人はデリカシーが欠落した狼男。
「ああ……わたし恋愛がしたいだけなのね」
声に出してみて肩の力が抜けた気がした。人間なら自然な事なのに何と敷居の高い事柄だろう。
わたしと愛を語るには、多少吸血されてもビクともしない体力は必須だ。
――これまで逢えていないのに、そんな仲間っているのかしら。
何かの像が脳内で実体化しかけたが、千分の一秒で否定しレポートの資料を纏めようとデスクに向かった。
「ここ一番で素直じゃないのよ……」かつてヒカリに言われた言葉が過った。
-つづく-
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