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【創作大賞2024-恋愛小説部門-応募作品】『吸血姫 - きゅうけつき -』第四夜

 待ち合わせ時間ピッタリに駆け寄ってくるヒカリは、高校時代からの人間の友人だ。

 同じ大学を受けたが専攻学科が違う。彼女は演劇学を専攻し古典演劇を研究するのだと語っていた。元々落ち着いて見える容姿は舞台に立っても映えるだろう。背が高く凛としている。自分の考えを持ち相手の話を聞く余裕もある。
 わたしと大違いだ。

「さーて、今日はどうかな」
 清楚なワンピースで固めたヒカリは先に立って歩き出した。時刻は十九時十分前、京王井の頭線下北沢駅南口から待ち合わせの飲食店へ向かう。そう、サークルの飲み会なのだ。

 さして気は進まなかったが一度行ってみたい店だったし、こちらの財布は痛まないと聞いているし、ヒカリの誘いだったから今ここにいる。
 適度な喧騒とよく分からない前衛的な空間、場所柄お洒落に敏感な人が集まる街にあって、この店は開店半年にして有名店の仲間入りを果たしている。

 通された予約席は八人掛けのテーブルで、男女先発隊が五人腰かけていた。わたしはヒカリ以外初体面。ヒカリは女性陣と顔見知りらしかった。わたしが席につこうとすると最後の一人がやって来たのか「ギリギリだったな」「そうだな」と男性陣で会話が交わされているがその声に、わたしは椅子の上で硬直していた。

 マスクマンがいる! 
 優雅な物腰で席に着くスーツに身を包んだ金髪碧眼の青年は、紛れも無いあの夜の吸血鬼だった。

「では自己紹介から始めましょうか」
 飲み物が皆に渡り料理が始まったころ飲み会はスタートした。生きた心地がしない。すまし顔で笑顔を振りまくマスクマンは知らん顔だ。
「 OBのエミール・イヨネスクと言います。二十八です。××商社に勤務しています。国籍はルーマニアですが大学からこちらにいますので日本語に問題はありません」

 女性陣はうっとりしている。吸血鬼のスキルに〈魅了〉というのがある。得物の意志を奪い意のままに出来る力だ。わたしは同じ吸血鬼だから魅了は効かない。エミール何某は吸血する気も無いのに魅了全開だ。なぜ現れたのか意図が分からない。

 わたしは時間の経過を忘れていた。声をかけられ振り向いた隣でエミールが笑っている。息が止まるかと思った。飲み会は進んでいて、それぞれ男女で話しているようだ。エミールはわたしの方に上体を向け、ワイングラスを傾けている。敵対する吸血鬼でなければうっとりするような美丈夫がわたしに微笑みかけている図なのだが……。

「ここで決着をつける気? 腕が透けているじゃない」
 エミールはワイングラスを持った半分透けた左腕をわたしの方に振って見せ、軽く笑った。

「確かに、まだ完璧と言えんが闘い以外なら不自由はない。希望なら腕に抱いてやろう」
「は?」
 わたしの顔は言いがかりをつけるチンピラよろしく険悪なものだったと思う。ここにいるだけで理解を超えているのに、腕に抱いてやろうとは。

「そう怖い顔をするな。折角の美貌が台無しだ」
「は?」
 わたしは同じ言葉を発したが頬が紅潮するのを感じていた。美貌とはいくらなんでもほめ過ぎである。褒め殺しとはしゃらくさいが反応するわたしも未熟者だ。

 エミールの右手がわたしの頬を撫でる。冷たくも優しい指は顎の先で止まり濃い蒼の瞳はわたしを映していた。吸い込まれる蒼の底に黒い淀みが首をもたげたところで我に返った。
 周りを見回すとテーブルにはわたしとエミールしかいない。皆は何処に行ってしまったのか。閑散とした店内はかなりの時間が経過したことを示していた。

「皆は帰ったよ。あとは我々だけだ」
 エミールはわたしの手を取り立ち上がらせた。どうしてされるままなのか、同族の魅了は効かない筈なのに。店の外に連れ出されしばらく歩き人気のない路地に入った。表通りは多くの人間が歩いている。なのにこの路地は切り離されたようにひっそりして、人間の気配がしない。

「そう、これからが本番かしら」
 わたしは精一杯の虚勢を張りエミールを睨み付けた。狼さんの縄張りがいくら広くてもここまでカバーしているとは考えにくい。虚を突かれた襲撃だった。

 エミールはわたしの前に来ると片膝をつき、左手をうやうやしく持ち上げ、何が始まるのか成り行きを見つめていた。
 真っ直ぐに見上げる双璧の瞳はどこまでも蒼かった。

「わが姫よ。そのとき人間ひとにありて我らと同じ血を持つ者よ。我の元に嫁ぎ悠久の時を過ごさん」
 何処かで風が鳴った。

 わたしは求婚されているのだ!

「ち……ちょっと待ってよ。オリジナルって頭おかしいの?」
「何を言う。お前を居城へ招き末永く愛すると言っているのだ。子と共に我と過ごすのだぞ、望む物は何でも与えやろう」
 エミールの手を振り祓い、睨み付けた。

「子供が欲しいですって? 吸血鬼でも人間と交われるじゃない。他を当ってよ! わたしは陽の下で生きるの! 闇の住人となんて御免だわ」
「お前は何も知らぬのだな。城の中しか知らぬ姫よ、世情で汚れる前に我の愛で包んでやろう」

 立ち上がり一歩近づくエミールの顔は真剣だった。
「何よそれ、そもそもわたしがあなたの手を取るだなんていつ言ったの? わたしは人間と暮らしていく亜種なの! あなたとは違うのよ。わたしは人間を愛しているわ」

  エミールが薄く笑っている。蒼い瞳に侮蔑の色を溜めながら。
「姫、そなたは吸血なのだ。我らオリジナルには手の届かない物を持ち、その特権故……狩られる運命にある希少種。禁を破り手元に置き特権を行使する事を選んでも……わが身に起きた事に比べたら些細な事だ」
 もう限界だった。

「狼さん! 助けて!」
 声の限りに叫んだ。叫びは路地に溶けエミールの手がわたしの腕を掴もうとしている。掴まれば死ぬより怖い現実が待っている。闇に堕ちる意にそまぬ婚姻など耐えきれまい。

 風が吠え、エミールの姿が霞んだ。斜めに裂けたエミールの背後に狼さんが立っていた。急いで来たのか肩が大きく揺れている。

「今宵はここまで、腕が治ったら迎えに参る。愛しい姫よ」
 声だけ残してエミールの気配は消えた。わたしは座り込み涙で霞んだ地面を見つめていた。
 怖かった。戦って死ぬ事よりも意志の如何に関係なく家族になれと言われた恐怖が体からあらゆる力を奪っていた。

 父親以外の仲間はエミールが初めてだったが、彼は闇に住む者だ。わたしとは住む世界が違うし結婚するなんてあり得ない。出来れば人間と恋愛し結婚して、人間として死にたい。これが望みの全て。仲間の存在は嬉しいが添う相手じゃない。

 狼さんはわたしの背中に手を置き、立ち上がるまで黙ってそばにいてくれた。別れ際送ってくれると言ったが、わたしは丁寧に申し出を辞退した。一人になりたかった。 

 帰りの電車で狼さんが着ていたTシャツに違和感を覚え、何だろうと考えていたが、カフェの厨房で阿人が染みを付けていたTシャツだと気が付いた。
「嘘…………もう、色々最悪」
 早々と自室に籠り眠れない夜を過ごした。

 ***

 阿人と顔を合わせる事も無く日々は過ぎて行き、あの夜の事を確かめる術は今のところない。
 エミールの挙動も掴めないが両親に腕の復活時期を訪ねた。完全消失ならあとひと月ほどで復活するだろうと父が言った。

 しかし、疑問も残る。エミールはわたしを世間知らずの姫だと言った。城の中しか知らず吸血鬼や他の事について何も知らないと。

-つづく-


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