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『推し活 -False angel-』 如月【創作大賞2024-応募作品】
-注意書き-
この話はフィクションです。
登場する人物名、地名、事件等は全て架空の物です。
以下から、本文が始まります。
気になってしまって、〈False angel〉について調べていた。
同様の名前のHPなどはあったが、関係ない内容だった。それならと、SNSのユーザー名で検索してみたが、ヒットした数件もまた、関係がなさそうだった。
意味するところは、〈偽りの天使〉。
あの不気味な表記のアプリは、どんなツールなのだろうか。
アプリストアで検索してみたが、ソーシャルゲームがヒットしただけで、これも関係が無さそうだった。
さすがに裏サイト系はぼくのスキルでは無理なので、裏サイト界隈に詳しいジャーナリスト志望の元級友に、夜姫胡のことや詳しい背景を伏せて、問い合わせのメッセージを送ってみた。
返信はすぐにあり、「調べて連絡するよ」と律儀に返信してくれた。
元級友のハジメは、こういう噂話しは一応下調べをしてから否定するか、もっと詳しく切り込むか決めていて、頼りになる友人だった。
本人は大学生になっているから、浪人生のぼくに付き合ってくれるだけありがたいと、少し自虐的に思っていた。
***
週末、長男の瑞樹が顔を出した。
社会人である兄は、二十三歳にして浮ついたところのない、落ち着いた男だった。物静かで、怒らせると怖いのだが、頼れる兄貴だ。
「侑喜、顔色悪いな」
「そう? ちょっと寝不足なだけだよ。兄さんこそ、なんかやつれたね」
「おれは期末が近いから、仕事が立て込んでいるだけだ。問題ない」
「ふーん」
ぼくはインスタントコーヒーを瑞樹の分も作り、リビングへ運んだ。
両親は父はどこかに泊っていて、母は朝早くから出かけてしまった。夜姫胡も友達と出かけるとかで留守だった。家事は一通り終わったから、後は勉強の時間が取れる。
「兄さん、用事って?」
ぼくはソファーに腰掛けながら、最近疎遠気味の兄が訪問した理由を聞いた。
少し考えるような顔をして「最近、夜姫胡の様子に変わったところはないか?」
「え?」
あのアプリのことが頭を過り、少し挙動がおかしくなった。
「なにか、あったんだな?」
瑞樹の鋭い視線に、どう答えようか逡巡したが、素直に全部話した。
「そうか、どういう系統のアプリか知らんが、いい印象は受けないな」
顎をさすりながら目線は遠くを見ているようだった。
「兄さんは思い当たりそうなことある?」
「いや、おれも専門外だ」
「実はハジメの返事待ちなんだ。もちろん詳細は秘匿で」
一瞬責めるような瑞樹の視線は、柔らかいものに変わった。
「その件の進捗を教えてくれ、おれの方も少し当たってみるよ」
瑞樹はそう言ってコーヒーを飲みほした。
「それじゃ、重い方の話をしようか。父さんからおれ宛にメッセージが来て、親権について意見が欲しいそうだ」
少しあきれ顔で、ぼくの出方を待っているようだ。
「あーその話か。大学卒業までの面倒は見てくれるって、両方から言われているし、ぼくは浪人を許して貰っている身だから、意見なんてなんとも」
語尾を濁した。
「夜姫胡は、父さんと暮らしたいらしいが、あっちの女が許さないだろうな。夜姫胡と母さん顔そっくりだしな」
「そうだね。かといって母さんと暮らすのも嫌だろうし、ぼくと二人で暮らす案が持ち上がっているよ」
「世間で言うW不倫ってやつの破壊力はすごいな。子供なんて木の葉より軽い……」
瑞樹の嫌味に、ぼくも激しく同意だった。瑞樹は独立済で、ぼくはうっかり浪人生で自立まで五年の計算だ。夜姫胡の独立までは最低でも七年かかる。ひどい話だが、うちの両親ならドライに財産分けをして、家族を解散し清々しくそれぞれの新しい家族の元に帰るのだろう。
ぼく達は、捨てられる予定なのだ。
そういう家庭にあって、道を外すこともなく兄妹三人まともに育ったのは、瑞樹の働きが大きかった。
両親を反面教師に、自分が生きていくために努力した。ぼくや、寂しがる夜姫胡のメンタル面に寄り添い、成人後の人生の長さを根気よく説いて、自立心を持たせてくれた。
おかげで、夜姫胡もバイト代は将来のために貯金している。両親と子供たちは法律上は家族で、実際は他人だった。
唯一の僥倖は、子供たちは両親の血を受けていると証明されていることだった。いざとなったら、瑞樹は家に来いと言ってくれている。
両親のW不倫は、結婚後すぐに始まっていた。全くたちが悪い。
「母さん帰ってくるの何時?
「今日は遅くなると言ってた」
「飯でも行くか?」
瑞樹は、クイッと親指を玄関に向けた。
「夜姫胡の予定を聞いてみるよ。あいついきなり一人にすると、うるさくて大変だから」
「そうだな」
瑞樹は笑っていた。
夜姫胡にメッセを飛ばして、夕食の伺いを立てた。
間もなく「ゆみちんとご飯して帰るから、たま兄とデートOKだよ」返信は早かった。
お礼のスタンプを送って、ぼくは外出準備を始めた。
外は真冬の寒さで、マフラーをしっかり巻かないと寒がりのぼくは、風邪をひいてしまう。
「あんな親でも、せめて夜姫胡が自立するまでそばにいて欲しいと思うのは、おれのエゴかな」
寂しそうに言った瑞樹の横顔は、先頭に立ってぼくたちを守ってくれた疲れが出ているように見えた。
「そんなことないよ」
ぼくはそれしか返せなかった。
***
最寄り駅まで歩いて、電車で繁華街まで出た。
勉強の進捗を聞かれ、多少バツが悪かったが夜姫胡のアプリの件などがあったから「精進しろよ」との軽い説教で済んだ。久しぶりの兄貴との時間はとても楽しかった。
帰り道、瑞樹は反対方向の帰宅なので駅で別れ、ぼくはスマホを見ながら電車を待っていた。
ホームの中ほどで電車を待っていて、悲鳴で顔を上げたとき、ドアガードを超えて飛び込む影を見てしまった。
悲鳴を上げ続け半狂乱になっているのは――
母さんだった。
-つづく-
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