二人と一人の、似たもの三人暮らし

昨日二人で、人間の大人を拾いました。


元々は、私たちはいつも二人だけでのんびりと暮らしていたのです。
遥か遠くの無人島で、二人だけで。

はじめのうちは、女性二人の力での無人島開発は大変だったものです。

でも、やってみればできることです。

それに、やるしか選択肢がなかったわけだし。

無人島暮らしを始めた当時のことを同居人――つまりはわたしの妻ですが――とよく話すのですが、二人の得意な分野がたまたま違ったからなんでもできたんじゃないか、っていうことで落ち着きます。

とにかくここの暮らしで、家にも洋服にも食事にも、困ったことはありません。



そんなある日のこと。くたびれた身格好の女性が私たちの無人島にふいに現れたのです。

無人島とはいえ、陸地への橋くらいはあります。でもあの一度渡ったら戻れなくなってしまいそうな水平線まで続く古橋を、しかも向こう側から渡ってくる人なんて今まで現れませんでした。

その女性は、古橋を器用に、それでいて無様に、虚ろな目をしてこちら側へ渡ってきたのです。しかも、雨でもないのに雨傘を握り締めて。

橋を渡り終えると、その女性は崩れ落ちて泣き始めました。その身体に比べ、あまりにも大きい真紅の雨傘を私たちの方向に開きながら。

それはまるで、私たちに気を遣うかのように。


なにはどうあれ、私たちはその女性に対して、当然、警戒心を抱きました。

それに私たちは身勝手な人間ですから、最初のうちはその人を助ける気なんて毛頭なかったのです。放っておいたら面白いかもね、という残酷な気持ちの欠片を二人で共有して嘲笑う程度に、助ける気なんてなかったのです。


しかしながら、私たちのその、放っておくという選択は半日と続きませんでした。

私たちはその女性に「ちょっと前の私たち」を重ねて視てしまったようです。

身勝手な私たちは、今度は自分の心を悔いました。放っておいたら面白いかも、なんて思ってしまったことを。本当に身勝手なんです、私たちは。


なので、ちょっとお話だけでもと思い、私たちは恐る恐るその女性に近付いて行ったのです。

遠くからでは分からなかったのですが、その女性を近くで見ると、髪が本当に綺麗でした。その美しい髪は、漆黒で透き通っていて、短くまとめられていて。

私たちは「夜は冷え込みますよ」と声をかけてみました。

その女性は驚いた顔をしつつ「ごめんなさい」と返してきました。

謝ることなんてなにもないはずなのに。

でも「ごめんなさい」のその言葉を聞いてしまったから、私たちはその女性を家に招けたんだと思います。このひとは、私たちと似たひとなんだって気付けたから。


その女性の肩を抱きつつ家に戻ると、水平線に、ちょうど日の入りが見えました。


その女性が二つ目の言葉を紡いだのは、簡素な夕食を終えた後でした。

「私、思い出せないんです」

そう呟く彼女の顔は、真剣で、せつないものでした。そして髪は、暗闇の漆黒に溶けつつありました。

私たちは顔を見合わせてから、自分にも言い聞かせるように伝えました。それでいいのよ、と。

私たちだって、ここに来たときや来る前のことは殆ど思い出せないんです。
彼女と私たちとで違うことといったら、この場所に先に住んでいた人が居たか居なかったかというだけのことでしょう。

「助かりました」

次にその女性は、より一層か細い声でそう呟きました。
そのときになって私たちは気付きました。ああ、二人で誰かを助けたんだな、って。罪悪感を埋めるためにした、自己満足のつもりだったのに。それで人が助かったなんて思いもしませんでした。

もう何も言わなくていいのよとその女性に伝えて、昨日は寝ることにしたんでした。

私たちの家は四畳半一間といったところですので、家は一人分の体温だけ、いつもより温かくなりました。



そして一晩経って、さっき、起きがけにその女性が言ったのです。

「帰ります」

と。

私たちはただ、分かりましたと返し、古橋のところまでは見送らせてください、とだけお願いしました。

古橋に向かうその女性の足取りの速さは、私たちにとって、ほんの少し恐ろしいもので。その足取りと対をなすかのように、髪は日光をよく吸い込んでは反射していて、本当に美しいのです。

昨晩の部屋の温かさを思い出すと、少しだけ寂しくなってしまいそうです。でも、私たちに彼女を止める権利なんてありません。

古橋に着くと、私はちょっと泣きそうになりました。でも、すぐ三人とも笑顔になれました。

「ありがとうございました」

そうお辞儀する彼女の手から、雨傘を受け取りました。きっと、彼女にはもうそんなもの必要なくなったのでしょう。

私たちは軽く会釈をすると、古橋と反対方向を向きました。それから手で目隠しをして、しとしとと泣いてしまいました。

そんなときに雨傘を開くなんて、思いもつきませんでした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?